アート・ディレクションとの出会い

高円寺の壁画アートの仕掛け人である大黒健嗣さん

 青森県八戸市出身の大黒さんは、高校生のころから美術に興味があったという。

 「大学は慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)を選びました。美大ではないのだけど、“面白そうな匂い”に惹かれたのだと思います。大学では建築とか美術史といったものも学びましたけど、それだけではなく、作品としてマイコンをつかったセンサーロボットを作るなど、わりと広くなんでもやるという感じだった。グループワークの面白さを知るようになったのもこのころです」

 そうした経験が仲間と知恵を出し合ってモノを作るという今の仕事に結びついたのかもしれない。

 「当時はそんなこと考えてなかったですけどね(笑)。これまで行き当たりばったりで、人生計画というものを全くしてこなかった。ただ、直感的に『違うものは違う』と判断するし、『ピンとくるものはピンとくる』。そして“ピンときたもの”を選択しつづけてきた結果が今の自分の姿なんです」

 ライブハウススタッフから、ギャラリー・カフェ「AMP cafe」の店長に抜擢された大黒さん。アーティストとの折衝から、展示会の企画・運営までを手掛けることになった。

 「ギャラリー・カフェの仕事って、人と向き合う深度が尋常ではないんです。例えば年に1回の展示会のためにアーティストが命をすり減らして作り溜めてきた作品を前にして、彼らと話し合いを繰り返します。作品がバンバン売れればいいのだけど、ローカルを対象にやっているギャラリーだし、ものすごいお金持ちがやってくるような店でもない。

 そうなると展示会の頻度も増やさないといけないし、そのたびに新しい人と話をしなければならない。滅入っちゃうこともあったんですけど、そういうふうに誰かと深く向き合うことって他では得ることのできない経験だった。また自分がギャラリーという箱を構えて、オーナーシップを持って運営していくというのを25歳で経験できたことに、今は感謝しています」

場所:高円寺ゆとりすとK6  東京都杉並区高円寺南4-25-1
作家:小田佑二 1981 年生まれのアーティスト。木版画の掘り出した線に影響を受け、いくつもの線の構成によって画面を構築する作風
解説:”高円寺は日本のインド”と評されることを受け、インドのシンボルである象と牛が描かれている(2017年11月製作)

街にアートを広げる

 アーティストや、ギャラリーにやってくるお客さんはもとより、店の責任者として地域のひとたちとのコミュニケーションを深めていくことになった大黒さん。やがて高円寺という街を舞台にしたギャラリーのネットワーク化を試みるようになった。

 「ギャラリーという箱を構えてパブリックに運営しながら、一方で高円寺にある空き部屋を利用して、そこに行った人だけが楽しめるギャラリーといった企画も進めるようになったんです。一時は街中のいろんな部屋の合鍵をもたされていましたよ」

 ギャラリーというオープンの場。空き部屋というクローズの場。2つを使い分けながら、アートと街の融合を試みる大黒さんは、その世界で知る人ぞ知る存在へとなっていった。

 現在、大黒さんは全国の主要都市にアートホテルを展開する「BnA HOTEL」の一員として、ホテルの運営からイベント、アート企画の立ち上げなどに、活動の幅を広げている。

 BnA HOTELは“泊まれるアート”をテーマに高円寺と秋葉原と京都に3棟を展開中だ。客室の壁や共用部分をアート作品でデコレートしたり、併設するカフェでアートイベントを開催したりするなどの試みがインバウンド客を中心に人気を集めている。現在はホテルの展開が中心だが、そもそも「自分たちの思い描く未来を実現させよう」というのがBnAのテーマなのだという。

 そのひとつが、高円寺の街なかに壁画などアートによるランドマークを創出する「Koenji Mural City Project」なのである。

場所:桃園川緑道 東京都杉並区高円寺南2-50-7
作家:岩切章悟 2007年から約2年半のラテンアメリカへの旅を終え2009年に帰国。個展や壁画製作LIVE PAINTを中心に活動
解説:かつて桃園川が流れ、かっぱ伝説が残るこの場所に、水辺を想起させるモチーフを描いている(2018年4月製作)