まちづくりは難しい。成功事例といわれているまちでも、地元住民が違った受け止め方をすることがある。今回は「日南の奇跡」と呼ばれ、安倍晋三首相が「地方創生」の成功事例として挙げた宮崎県日南市・油津(あぶらつ)商店街の取り組みから、まちづくりの在り方、バランスの取り方を探ってみよう。油津商店街活性化のキーパーソンである田鹿倫基氏(日南市商工・マーケティング課マーケティング専門官、ローカルベンチャーコーディネーター)に聞いた。
宮崎県日南市。近年このまちで話題になったのは、かつて宮崎県南で随一の規模を誇ったアーケード、油津商店街の活性化だ。2013年から本格スタートしたこの取り組みはによって、ITベンチャー、宿泊施設、飲食店など4年間で29店舗(事業所)が入居し、“昭和の商店街”に新たな形の賑わいを生み出した。2015年には長年休止していた「土曜夜市」も復活している。
最近では、月額支払で全国の指定物件が住み放題となる移動入居サービス「ADDress」がこの油津商店街を選んだ(2019年夏にオープン)。「ADDress」が入居する「日南邸」の1階はレコードが聴けるオープンスペースとなっている。
2016年には経済産業省の「はばたく商店街30選」の一つに選ばれた。また2017年には安倍晋三首相が自身のスピーチで、同内閣が打ち立てた政策「地方創生」の代表例としてこの油津商店街に触れた。こうした高評価から、油津商店街は「日南の奇跡」とも呼ばれるようになった。
プロジェクトの核となったのは、若手人材によるチーム。実務を主導したのは、まちづくりコンサルタントの木藤亮太氏(1975年生まれ、4年の任期を終えて現在は外部アドバイザー)。バックアップする市の職員らも、30代が中心。地元の人々の声に耳を傾けつつ、誘致のターゲットとした20〜30代を中心とした企業のニーズを拾い上げたことが決め手となった。
とはいえ、地元・日南市の商店街周辺では現状では肯定的、否定的、さまざまな見方があるという。
誘致したIT企業は若手を中心に100人規模の雇用を生み出しており、その9割は30代以下の働き盛りの若者である。これが日南市の経済の持続性を高めたことは間違いない。「けれども、地元の人たちが思い描いていた『商店街の再生』とはズレがあって、がっかりしている人も多い」。こう打ち明けるのは、日南市のマーケティング専門官、田鹿倫基氏だ。
田鹿氏は民間企業出身。2013年に当時33歳で新市長に当選した﨑田恭平氏(1979年生まれ)の選挙公約に基づき、同年8月に当時28歳で日南市のマーケティング専門官として登用された。油津商店街の活性化については、主にIT企業の誘致の側面から関わってきた。
地域にはさまざまな立場の人がいて、それぞれの思惑や意図や感情がある。それらのすべてを汲み取ることは難しい。だが少なくとも、「バランスをとることが重要」(田鹿氏)だ。
近年、日本の地方や地域が話題になる理由の一つには、都心におけるバランスを欠いた規模拡大へのアンチテーゼがあると考えられる。ただそれは、都会人が抱く「田舎のゆったりした暮らし」への一方的な憧れに過ぎないのかもしれない。「さまざまな人の意見をバランスさせながら地域の持続性を確保する」。このような難題に向き合っている「再生請負人」が持つ視点とは、どういうものか──。
「地域のために人があるのではない。人の幸せのために地域がある」
このように語る田鹿氏と共に、日南の奇跡・油津商店街の道のりを振り返りながら探っていく。