宗教において聖地に赴くという重要な意味を持つ「聖地巡礼」。それが転じて日本では、映画やドラマ、アニメなどのファンがロケ地や舞台となった場所を実際に訪れることを指す言葉として使われ、地方活性化のキーワードにもなっている。特に、アニメファンによる聖地巡礼は国内だけでなく海外からも人気が高く、新型コロナ禍以前にはインバウンド需要の拡大にも貢献していた。新たな価値観から生まれた日本における聖地巡礼という文化は、どのような経緯で根付いてきたのか。そして、新型コロナ禍の今、どんな取り組みが行われているのか。現地ルポも交え、2回にわたってお届けする。

メジャーになったきっかけは「新語・流行語大賞」

 アニメの聖地として以前から知られていたのは、神奈川県鎌倉市内にある江ノ島電鉄(江ノ電)の踏切だ。人気漫画をアニメ化した作品『スラムダンク』(放映:1993年10月~1996年3月)に登場し、多くのファンが集まって記念写真を撮ることが一部で話題になっていた。その後、埼玉県鷲宮町(現・久喜市)が『らき☆すた』(放映:2007年4月~9月)の聖地として、茨城県大洗町が『ガールズ&パンツァー』(放映:2012年10月~12月、2013年3月)の聖地として、それぞれ多くのアニメファンが集まり、地方都市の地域活性化に大きく貢献している。

『スラムダンク』のファンが集まる鎌倉市内の江ノ電の踏切(撮影:元田 光一)
『スラムダンク』のファンが集まる鎌倉市内の江ノ電の踏切(撮影:元田 光一)
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 このように、アニメの舞台を巡る聖地巡礼は2000年前後からアニメファンの間ではすでに行われていたが、2016年に「新語・流行語大賞」でトップ10入りを果たしたワードとして注目された頃から、アニメファン以外にも広く知られるようになった。そのきっかけとなった作品が、2016年8月に公開された長編アニメ作品『君の名は。』だ。

 2016年9月にはKADOKAWAや日本動画協会、JTB、JALなどによって、アニメ聖地に関わるコンテンツを活用したサービスや商品の提供を促進し、地域の受け入れ環境も整備することで新たな経済効果の創出などをめざす「アニメツーリズム協会」も発足した。

 2016年といえば、年間の訪日外国人観光客が初めて2000万人を超えた年でもある。2020年には訪日外国人観光客を4000万人まで増やしたいと考えていた政府としても、新たな観光スポットを全国各地に作って、大都市に集中していた外国人観光客を分散させたい。そうした背景からも、アニメ聖地を訪問し、作品世界をリアルに追体験しながらその土地の文化や歴史、料理などに触れるという「アニメツーリズム」の促進に期待がかかるようになった。

なぜ実在するまちがアニメの舞台になった?

 そもそも、実在するまちを舞台とするアニメ作品はどのような経緯で増えたのだろうか。本来、アニメといえばそのほとんどが空想物語である漫画を原作にした作品が多く、実写では表現が難しい世界観を描写する手段でもあった。そんな傾向が変化したのが、2000年前後から増えてきた深夜の時間帯に放映される青年向けアニメ、いわゆる「深夜アニメ」が量産されるようになってからだ。

 深夜アニメでは冒険や戦いだけでなく、学園生活の中からちょっと不思議なことが起きてファンタジーの世界に入っていくとか、テレビドラマとしても成立しそうな恋愛物語的なストーリーなども作品化されるようになった。こうしたアニメなら、少子化によって需要が低迷してきた子ども向けアニメに代わって、購買力を持つ青年に向けたコンテンツ販売などの需要も見込める。

 青年向けの作品であれば、空想上のまちよりも実在するまちを舞台にした方が作品に入り込みやすい。また、作品の舞台となるまちを一から構築しようとすると、学校や自宅、駅、図書館などさまざまな施設の位置関係を事前にきちんとプロットしておかないと、ストーリーを進めていくうちに矛盾が生じる可能性がある。実在するまちをモデルにすれば、そういった心配は少なくなるというわけだ。

 最近では劇場公開される長編アニメなど、実在するまちを舞台にしていることを最初からアピールする作品も少なくない。だが、深夜アニメの多くは、制作側が最初からアニメの聖地として盛り上がることを意図して実在のまちを舞台にしたわけではない。そうしたアニメに出てくるまちは、そこに住んでいる人ならば「あれ、見たことがあるような光景だなあ」と思うかもしれないが、作品中に特に具体的な地名が出てくることもなく、他の地域の人にはなかなか認識できない。

 さらに、深夜アニメの場合は全国ネットで一斉に放映されるのではなく、地方に点在する独立局が独自の判断で放映することが多い。舞台になっている地域では放映されないケースが結構あるのだ。実際、「最近見慣れない若者たちが街中をうろうろしているが、あの人たちはなんだろう?」と思い、調べてみたら自分のまちがアニメの舞台になっていたと知るパターンも多いという。

 こうした事情もあり、聖地巡礼は当初、アニメの舞台になったまちや具体的な場所がファンに「発見」され、ネットなどで発信されて共通の認識になっていったケースがほとんどだった。

7億円の経済効果を生み出した『ガールズ&パンツァー』

 まちを挙げたオリジナル商品の制作やスタンプラリーの実施、公共交通機関などとのタイアップといった、ファンのためのさまざまなコンテンツを活用して人を集め、地域の活性化に貢献した成功事例の代表とも言える取り組みを見せているのが茨城県大洗町だ。

大洗町の玄関口となる鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の大洗駅では、『ガールズ&パンツァー』の顔はめパネルが来訪者を出迎える(撮影:元田 光一)
大洗町の玄関口となる鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の大洗駅では、『ガールズ&パンツァー』の顔はめパネルが来訪者を出迎える(撮影:元田 光一)
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鹿島臨海鉄道大洗鹿島線で運行されているラッピング列車(撮影:元田 光一)
鹿島臨海鉄道大洗鹿島線で運行されているラッピング列車(撮影:元田 光一)
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大洗町では、タクシー会社ともタイアップして『ガールズ&パンツァー』を盛り上げている(撮影:元田 光一)
大洗町では、タクシー会社ともタイアップして『ガールズ&パンツァー』を盛り上げている(撮影:元田 光一)
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 商店街ではさまざまな店が『ガールズ&パンツァー』のキャラクターの等身大パネルやポスターを飾り、まちの雰囲気を明るく演出している。また、スタンプラリーの開催やアニメに関連したイベントが行われる際に地元名産品の物販エリアを設けているほか、大洗町の冬の味覚、あんこうをPRする「大洗あんこう祭」でも、住民と作品のファンが交流を深めているようだ。

アニメの舞台となった大洗町の「曲がり町商店街」では、ほとんどの店に『ガールズ&パンツァー』のパネルやポスターが飾られている(撮影:元田 光一)
アニメの舞台となった大洗町の「曲がり町商店街」では、ほとんどの店に『ガールズ&パンツァー』のパネルやポスターが飾られている(撮影:元田 光一)
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TVシリーズとは別に作られたドラマCDで登場人物がアルバイトをしていた設定となった店には、作品のファンから贈られた多数のグッズが展示されている(撮影:元田 光一)
TVシリーズとは別に作られたドラマCDで登場人物がアルバイトをしていた設定となった店には、作品のファンから贈られた多数のグッズが展示されている(撮影:元田 光一)
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 聖地巡礼の効果として、地元側では多くの人が来て食事をしたり名産品を購入することで町が活性化するし、権利者としても作品のPRになり、放映後もDVDパッケージやキャラクター商品といった関連商品での収益が見込める。野村総合研究所が大洗町関係者や観光客へのヒアリングを基に行った調査では、2014年の『ガールズ&パンツァー』による経済効果は7.21億円(小売:2.08億円、飲食・宿泊:3.47億円、公共交通機関利用:1.65億円)にも及んだという。