東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市の水産加工メーカー「木の屋石巻水産」。被災で泥にまみれた缶詰を再生した「希望の缶詰」をきっかけに、業績を大きく伸ばした(前編はこちら)。震災当時、同社の商品開発部に勤務し、今は広報担当の管理職となった松友倫人(みちひと)さんが、波瀾万丈の10年を振り返りながら、地元・石巻とともに歩んでいくこれからについて語る。

10年を100日で振り返って見えてきたこと

 2021年3月現在、40歳になった松友倫人(みちひと)さんは、通販と広報担当の役職にある。昨年12月1日から今年3月11日まで、自ら「中(なか)の人」として管理するTwitterの木の屋石巻水産公式アカウントで、「震災から10年を100日で振り返る」投稿を行った。この作業を通じて、この10年は壊滅的な被害から復興するという単純な上り坂ではなく、波乱万丈の時間だったと改めて感じたという。

震災から10年、40歳になった松友さんの近影。前にあるのは金華さばなど木の屋石巻水産の定番缶詰シリーズの一部(写真提供:木の屋石巻水産)
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 「震災から4年半後には売り上げが回復しましたが、ここまでは、とにかくガムシャラに頑張るしんどさの時期だったと思います。缶詰洗いの時も必死でしたが、工場再建は文字通り不眠不休の突貫工事でした。商品復活の裏側も大変でした。例えば調味液のレシピは一度失われてしまっているんです。震災前は調味液のレシピは工場長のデスクの隣に置かれたダンボールに書いてあったのですが、全て津波で紛失してしまいました。そこでレシピの記憶をたどり、粉々になったピースの一片一片を張り合わせるように再現するという、まさにゼロからの作業でした」

 この10年の間に、松友さんは現場の社員から管理職へと昇進した。

 「私が現場の社員から管理職になるタイミングでは、弊社には中長期の目標を達成するという、また別のしんどさがやってきました。私も未知の体験ばかりだったので、取引先の先輩管理職に相談したり、本を読んだり、学びと試行錯誤が続きました。特に、震災から時が経つと、新卒社員は震災の記憶が薄い世代となり、ガムシャラに頑張った復興期の記憶を共有できる社員ばかりではなくなりました。会社としても、また管理職としても、若い世代に新しいモチベーションを設定する必要が出てきています」

 震災の跡は、良くも悪くも薄れてゆく。この10年の変化は、会社だけでなく松友さん個人にとっても大きいものがあったようだ。

 Twitterへの投稿を続けるうちに、同社が復興できた理由が見えてきたという。松友さんはチャレンジ精神と自由な社風、そして地域や人のつながりを大切にする伝統を挙げる。

 「弊社が企業として面白い特徴は、目の前の海が豊かなこと以外に、大きく二つあります。一つ目は63年前に創業した初代社長がチャレンジ精神旺盛なアイデアマンだったことです。当時は鯨の大和煮缶でスタートしたのですが、ほかにも山形でフルーツ缶を作ったり、銭湯を経営したり、斬新な発想と実行力を持った人でした」

 「その遺伝子は、1998年に始まった刺身にできる鮮度の魚を原料とするフレッシュパックの缶詰や、さまざまな面白い商品の中に息づいています。社風も自由を重んじており、若い社員が出したアイデアが採用され、商品化されることも多い。10年前は『損さえしなければ自由に動いていい』とだけ言われていたので、缶詰洗いと義援金との交換だけでなく、下北沢の『木の屋カフェ』やレトルトカレーの開発相談も、社長には事後報告でした(笑)。しかし、そのスピード感があったからこそ、うまくいった面があると思います」

 「二つ目は、地域や人のつながりを大切にする伝統です。弊社は経済の循環を地域単位で考えていて、コピー用紙を買うにもネットで安く買わず、地元の商店から買っています。缶詰の原料の醤油や味噌なども大手メーカー製の安い業務用は使わず、高くても地元製品にこだわっています。また、お客さまとの接待や社内イベントでは、地元のなじみにしているお店を積極的に利用しています。こうした取り組みは地域からの信用につながりますし、ほかにないおいしさが生まれる理由でもあると思います」

 「(「希望の缶詰」のきっかけとなった)経堂の皆さんをはじめ、震災前からの人間関係が今も途切れずに続いてます。こうした人間関係が時間経過と共に広がり、深まり、メディア発信や口コミによる商品販売の拡大、また全国を巻き込んださまざまなコラボレーションが生まれました。それは弊社と同じく、人のつながりを大切にする経堂の皆さんとの化学反応だと思います。また、弊社では以前から取引先やお客さまとは長くお付き合いするというコミュニティ的な要素を大事にしています。日本中に常連的なファンがいてくださるので、おかげさまでコロナ禍でもそれほど売り上げが減らずに済んでいます」

 木の屋石巻水産が備える二つの特徴は、同社の未来を創造しようとしている。

 その一端が表れているのが、近年における同社の斬新な缶詰商品だ。牛タンがゴロゴロ入った『牛タンのデミグラスソース』缶や、漢方草を飼料に育てた牛の『漢方牛』缶。同社の得意分野である鯨を和風のアヒージョにした缶。さらには三陸の珍味であるホヤを水揚げから間もない状態で詰めた『大人の夜に ほや』缶などが、その代表例だ。

 「ホヤは、漢字では夜を保つ『保夜』とも書き、滋養強壮に良いとされています。“大人のほや缶”はそんなホヤを使った大人のユーモア商品(笑)。こういうユニークな商品や肉缶でヒットを飛ばせると面白いですね」

 そう言って笑う松友さんの表情には、木の屋石巻水産の社員らしいチャレンジ精神と遊び心が浮かんでいた。

木の屋石巻水産の主力商品の一部。牛タンが入った『牛タンのデミグラスソース』缶の外箱(左)と、三陸の珍味であるホヤを詰めた『大人の夜に ほや』缶(右)(写真撮影:筆者)
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