アニメ作品のファンがロケ地や舞台となった場所を実際に訪れる「聖地巡礼」(前編はこちら)。今や、地方活性化にもつながる重要なキーワードとも言える。とはいえ、作品が話題になったからといって、すぐに聖地巡礼に関わるまちおこし事業を立ち上げようと思っても難しい。後編では、市内を舞台にしたアニメ作品のキャラクターを「アニメアンバサダー」に就任させるなど、今まさに自治体として、聖地巡礼によるまちの活性化に積極的に取り組んでいる館林市の事例を紹介する。
ニューヨーク・タイムズも認めた「よりもい」
2018年1月2日から 3月27日まで、BS11やAT-X(アニメ専用チャンネル)、TOKYO-MXなどで放映されたアニメ『宇宙よりも遠い場所(そらよりもとおいばしょ)』は、群馬県の女子高に通う主人公が、南極で行方不明になった母親を見つけようとしている同級生らと民間の南極観測隊に志願し、実際に南極に行くまでを描いた作品だ。タイトルの『宇宙よりも遠い場所』は、2007年に昭和基地に招待された元宇宙飛行士の毛利衛氏が「宇宙には数分でたどり着けるが、昭和基地には何日もかかる。宇宙よりも遠いですね」と語ったことに由来している。なお、ファンの間ではタイトルから平仮名だけを抜き出した、「よりもい」が通称として使われている。
アニメ作品の制作にあたっては、文部科学省や国立極地研究所、海上自衛隊に加え、3代目南極観測船「しらせ」を管理するWNI気象文化創造センターが協力しており、砕氷艦が南極の氷を砕いて進む様子や南極での観測隊の日常など、なかなか知る機会がない南極観測に関するさまざまな日常風景がアニメーションによってリアルに描かれている。こうした映像の完成度や内容の充実度などから、2018年12月にはニューヨーク・タイムズにおいて「2018年 最も優れたテレビ番組(The Best TV Shows of 2018)」の海外番組部門10作品の一つに選出され、第22回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門審査委員会の推薦作品(2019年)にもなった。
地元での放映前に取り組みを検討
作品の舞台は国内パートと南極パートに分かれており、前半の国内パートで主に館林市が描かれ、市内にある東武伊勢崎線館林駅や茂林寺前駅、つつじが岡公園などが登場する。
実は『宇宙よりも遠い場所』も、前編で紹介した「深夜アニメ」のように、全国ネットで一斉に放映される作品ではなかったため、2018年1月から開始された最初の放映は、舞台になった館林市では地上波で視聴できなかった。館林市経済部つつじのまち観光課主任の中村智仁氏によると、事前に制作元から館林市を舞台にしているなどとの連絡も特になかったが、「館林市の風景が描かれているアニメが放映されているらしい」という噂が立ったことで、職員がアニメ専用チャンネルやBS放送などで作品を確認したという。「放映期間中から非常に評価が高く、群馬県外からも市への問い合わせが多く集まりました」(中村氏)。
2018年 | 1月2日~3月27日 | BS11やAT-X、TOKYO-MXなどで『宇宙よりも遠い場所』放映 ※館林市で視聴できる地上波では放映されなかった |
---|---|---|
10月29日 | 「訪れてみたい日本のアニメ聖地88(2019年版)」に認定 | |
2019年 | 1月23日~2月28日 | 駅前観光案内所に「アニメ聖地認定懸垂幕」を設置 |
4月9日~ | 館林市役所駐車場に「アニメ聖地認定横断幕」を設置 | |
4月27日~ | つつじが岡ふれあいセンターに「キャラクター等身大パネル」を設置し、ファンによる創作物も展示 | |
5月5日 | つつじが岡公園東屋において「聖地認定プレート贈呈式」を開催 | |
7月13~14日 | コグレ靴店隣の空き店舗に「館林まつりでの等身大パネル・ファン創作物」を展示 | |
10月19日 | 「HALLOWEEN NIGHT in 館林」でキャラクター等身大パネルを展示 | |
10月29日 | 「訪れてみたい日本のアニメ聖地88(2020年版)」に認定 | |
2020年 | 2月11日~29日 | 館林市内にて「宇宙よりも遠い場所 デジタルスタンプラリー」を開催(共催:アニメツーリズム協会) |
2月11日 | 館林市内にて「宇宙よりも遠い場所 外国人モニターツアー」を開催(共催:アニメツーリズム協会) | |
3月 | 「宇宙よりも遠い場所 舞台探訪マップ」を作成(共催:アニメツーリズム協会) | |
10月 | 「訪れてみたい日本のアニメ聖地88(2020年版)」に認定(コロナ禍により2021年も継続) | |
2021年 | 1月 | 著作権者とライセンス契約を締結し、登場人物を「館林アニメアンバサダー」に委嘱 |
2月1日~4月26日 | 館林市を含む群馬県内で『宇宙よりも遠い場所』地上波初放映(群馬テレビ) |
館林市としても、南極観測のリアルな描写のみならず、若者の夢や葛藤、友情、家族とのストーリーなどが散りばめられていることから、胸を張って応援していけるアニメだと感じたという。放映を知った市民のアニメファンや市議会議員からも館林市の活性化に役立てたいという意見があり、アニメツーリズム協会からも聖地巡礼の取り組みについて声がかかった。
とはいえ、放映のタイミングは館林市にとって年度末にも近かったため、自治体としてはいきなり予算を設けて、取り組みを始めるわけにもいかない。また、館林市では前例のない展開であり、アニメのコンテンツを使って市をPRするには著作権者との間で版権使用に関する契約を締結することが必要など、アニメ聖地巡礼の企画を進めるにあたっては越えるべきハードルがいくつもあった。「この作品自体、どこまで人気を伸ばしていくのかについても正直未知数だったので、いったん様子を見ようという意見もありました」(中村氏)。
一方で、放映中もアニメの聖地巡礼に積極的に取り組んでいきたいという意見が多く、市長からは「放映中には間に合わなくても、いずれかのタイミングでこのコンテンツを使ってまちづくりに生かしていこう」という意向が示されたという。
こうした後押しもあり、館林市では作品の放映後から『宇宙よりも遠い場所』をコンテンツとした、アニメを生かしたまちの活性化を進める準備を始めた。そこで市の観光部門が中心になり、職員から聖地巡礼に生かせるアイデアを広く募集した。「集めた意見を、アニメツーリズム協会の協力を受けながら検討したのですが、まずは市民や地元の方々に作品自体を認識していただき、草の根的なところからどんどんステップアップしていきましょうということになりました」(中村氏)。