今でいうブックカフェなどまだ渋谷になかった2014年。当時、クラウドファンディング日本最高支援者数となった1700人を超える支持者からの支援を受け、東京・渋谷のビルの3階にオープンした「森の図書室」。本の街というイメージとはほど遠い渋谷の片隅で、本好きの心をつかみ、2019年夏に5周年を迎えた。創設者・森俊介さんからバトンを託され、図書室の運営を担当している米谷(こめたに)厚志さんに、森の図書室の魅力と新たな展開について話を伺った。
本とお酒と音楽と。公共の図書館ではできない読書空間を。
サラリーマン、若者、外国人観光客など多くの人々で日々にぎわう渋谷。道玄坂を上り切ったあたりの雑居ビル3階という密かな場所に、森の図書室はある。ここを探し当て、初めて訪れた人は、まずその入室方法に戸惑う。古いビルによく見るドアの脇に「インターフォンを押して、しばらくお待ちください」と、一言ある。
インターフォンを鳴らしてみると、「目の前の扉を開けてお待ちください」という不思議な案内が返ってくる。ドアを開けてみると、もうひとつ扉が現れ、しかもその扉が本棚のようになっていて数冊の本が並べられている。思いがけない演出に驚いていると、スタッフが出迎えに来てくれ、引き戸になっているその中扉を開けてくれる。すると本がずらりと並んだ店内が目の前に現れるという仕掛けだ。
入店方法からしてユニークなこの図書室をつくったのは、幼い頃から本が好きで、いつか自分の図書館をつくりたいと夢みていた森俊介さんだ。一般的に図書館の多くは19時ごろには閉館してしまうし、駅から離れていて働く人には行きづらい場所にあることも多い。仕事帰りでも気軽に立ち寄れる本の場所があったらいいのにと、忙しい日々であればあるほど「本のある場所」への思いは募っていった。そんなある日、森さんは自分の好きな「本」「お酒」「音楽」を組み合わせた場所をつくることを決心する。それが森の図書室だ。「森」とは、本がたくさんあることを森にたとえただけでなく、「森さんの」「森さんがつくった」という意味もある。
「ここは図書館のように、静かに本を読まなければいけない場所ではありません。お客さん同士であったり、お客さんとスタッフであったり、自分の好きな本について語り合うとか教え合うとか、本を通してコミュニケーションが生まれることを歓迎しています」(米谷さん、以下同)
本への興味がもっと広がる出合いをつくる
お客さんをわざわざ入口まで出迎えにいく方法をとっていることには理由がある。森の図書室には、2つの利用方法があるからだ。
一つは、年会費(一般1万1000円、学生5500円 税込)を払い図書室の会員になる方法。会員には入口のカードキーが供与され自由に入店できるようになる。この場合、スタッフが出迎えることはない。また、会員特典として、自分の好きな本を図書室の本棚に置くことができるのも魅力的だ。もう一つは、ゲストとして利用する方法。来店ごとに500円の席料が必要で、入店する際はインターフォンを鳴らしてドアを開けてもらう。どちらであってもドリンクのオーダーが必要で、昼は1000円でメニューにあるドリンクが飲み放題、夜は1ドリンクオーダー制となっている。
ドリンクのオーダーにプラスして、本の物語にちなんだフードメニューを楽しむこともできる。たとえば、村上春樹の『風の歌を聴け』に出てくるミックスナッツだったり、江國香織の『きらきらひかる』に出てくるチーズトーストだったり。フードでも物語を楽しめる工夫がされている。
店内の本は自由に読める。もちろん自分が今読んでいる本を持ち込んで読んでもいい。本の販売は行っていないが、定価分のデポジットを払って1ヵ月間借りることならできる。
「このお店がターゲットにしているのはそんなに本を読むわけではないけど、月に1冊程度は本を手にして、本の世界に興味はあるという人たちです。そういう方たちに、なにか好きな本を見つけてもらえるような場所でありたいと思っています」
もともとは森さんの蔵書からはじまり、お店として買い足したり、お客さんからの寄贈や会員おすすめの本が届いたりと、いろいろな本が集まって、今では1万冊以上の蔵書になっているそうだ。