東北名産の海産物・ホヤ。「海のパイナップル」とも呼ばれ、五種の味を備えた初夏の珍味として有名だ。岩手県・宮城県の沿岸部で盛んに養殖が行われてきたが、近年、生産や加工の担い手不足、規格外品の廃棄などの問題を抱えている。この課題の解消を異業種との協働によって成功させたプロジェクトがある。「いわて水産持続化共同企業体」による「むきホヤ」プロジェクトである。水産資源のロス低減と有効活用、地域産業の持続・維持、福祉分野の就労支援に加えて、知的障がい者のアート作品を起用。さまざまな要素をミックスさせることで、地元ならではの商品開発に成功した。

東日本大震災がホヤを取り巻く環境を変えた

 ホヤは貝の仲間と誤解されることも多いが、尾索(びさく)動物の一種である。東北以南の地域ではあまり見かけないが、三陸地方では郷土食とも言えるなじみのある食材だ。岩手・宮城両県で養殖されるホヤの収穫量は全国シェアの96%を占めるという。

 「むきホヤ」プロジェクトの中心人物は、岩手県大船渡市綾里(りょうり)港に本拠を置く水産加工業者、三陸ラボラトリ株式会社の社長佐々木芳和さんと、芳和さんの息子で専務の佐々木和也さんだ。

三陸ラボラトリ代表取締役社長の佐々木芳和さん(左)と取締役専務の佐々木和也さん(右)。芳和さんはいわて水産持続化共同企業体の事務局長でもある(写真撮影:中島有里子、以下特記なき写真は同じ)
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 一般にホヤの旬は5月から8月末あたりまでと言われている。2020年4月、これから旬を迎えようという時期に、綾里のホヤに貝毒が発生し、1ヵ月間出荷停止になってしまった。貝毒というのは貝類などが特定のプランクトンを摂食し、ヒトに有害な毒素を体内に蓄積させてしまうこと。原因となるプランクトンは貝の体内から徐々に排出されていく。貝の可食部に含まれる貝毒の量には規制値が設定されている。毎週水中で貝毒の検査をし、規制値を下回れば出荷できるようになるものの、時間がかかる。大船渡市のホヤはシーズンを前に出鼻をくじかれてしまったのだ。

ホヤの水揚げ。ホヤは、幼少期はオタマジャクシのような形態をして海を回遊し、成体になると海底の岩などに固着し成長していく。養殖はその生態を利用して、ブイから垂らしたロープや牡蠣の殻などの仕掛けにホヤを付着させて育てる。ブドウの房のようになって成長するため、水揚げされるときは大小さまざまなサイズのホヤが一度に揚がってくる(写真提供:三陸ラボラトリ)
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 「宮城県のホヤが生産量の8割を占めているので、岩手県産のホヤが出荷停止となれば、岩手県内のスーパーには宮城県産が並びます。その後、大船渡のホヤが出荷できるようになりましたが、入り込む余地はありませんでした」と和也さんは振り返る。

 7月半ば、岩手県漁連から「岩手県産のホヤの現状を何とか打破できないか」と社長の芳和さんに電話があった。芳和さん宛に相談があったのは、芳和さんが20年以上水産物のフィールドマーケティングに携わってきており、水産物の流通から小売りまで知り尽くしていたからだ。

 貝毒は特別な現象ではなく、他の時期でも、また他の貝類でも起こり得ることだ。きっかけは貝毒だったが、地元が対処すべきホヤに関する課題の本質は、むしろ生産・加工の担い手不足と小ぶりのホヤの大量廃棄だった。

 2011年の東日本大震災によってホヤの生産者が激減した。ホヤは種苗してから収穫までに3~4年かかる。震災で養殖設備を失い、廃業を余儀なくされた生産者は多い。ただでさえ後継者不足だったところへ、大きな痛手だった。大船渡市綾里も震災前には70人いたホヤを養殖する漁師が、現在は30人ほどに半減した。

 また、震災前はホヤの生産量のおよそ6 割が韓国へ輸出されていた。韓国ではホヤのキムチが常食されているが、このキムチに小ぶりのホヤが活用されていた。ところが韓国は震災後、原発事故による汚染水への懸念から日本の水産物の輸入規制を強化。小ぶりの殻ホヤ(殻付きのままのホヤ)をむいて加工していた漁師や業者は販路を断たれ、廃業する者が相次いだ。

 現在、商品価値の高い250グラム以上のホヤを取るために、小ぶりのホヤは廃棄されている。殻ホヤ300キロを出荷する場合、実際にはその10倍=3トンは規格外のサイズとして廃棄されている。廃棄コストが生じることは生産者のモチベーションの低下にもつながっている。