現在、全国に30数社の社会福祉法人と、団体・個人問わず知り合った作家による4000作品におよぶアートデータを保有。ギャラリーなどの展示で映える作品、壁紙やテキスタイルに適した作品などの見極めをヘラルボニーが行う。展示や商品に作品を使用した場合はアーティストとのライセンス契約に基づき、福祉施設やアーティストに規定料を支払う。

 松田さんは「就労している障がいのある方の平均賃金を考えると、ライセンス契約をする意味は大きいと思います。それによって障がい者の立場が変わっていくことを願っています」と話す。

 ヘラルボニーは2020年8月、盛岡市内の川徳百貨店に、旗艦店となる「HERALBONY SHOP」の常設出店を果たした。三陸ラボラトリの佐々木和也さんは、以前からヘラルボニーの存在は知っていたが、この常設店で改めてアートが印刷されたファブリックを目にして、共感したという。それが、ヘラルボニーが保有するアート作品を「むきホヤ」のMDシールに使うきっかけとなったのだ。シールに使われているのは、岩手県釜石市出身のアーティスト・小林悟さんの作品だ。「岩手県産のMDシールなので、やはり地元の作家さんの作品を使いたかった」と松田さん。

 これまでにない「水産物×アート×福祉」というコンセプトは「むきホヤ」という商品に新たな付加価値を与えることとなった。そしてヘラルボニーの発信力を通じて、商品は岩手県内だけでなく、多くのメディアの注目を集めた。

MDシールに用いられた岩手県釜石市出身のアーティスト・小林悟さんの作品(るんびにい美術館所蔵/岩手県)(画像・写真提供:ヘラルボニー)
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ヘラルボニーデザインのMDシールが貼られた「むきホヤ」のパッケージ。シールはデイケア施設の高齢者に貼ってもらっている(画像・写真提供:ヘラルボニー)
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それぞれがそれぞれの強みをもつ共同企業体の明日

 もうひとつ協力組織がある。岩手県唯一の中央卸売市場水産物部の元卸である盛岡水産株式会社だ。三陸ラボラトリとヘラルボニー、そして盛岡水産が共同して「水産業と協業先の業界の課題を解決しながら、より持続的な未来を創ること」を目的に「いわて水産持続化共同企業体」を発足。震災からちょうど10年に当たる2021年3月11日、「むきホヤ」は東北6県のイオン系列店舗全22店ほか有名魚店で販売開始となった。

 販売先のひとつ、「盛岡駅ビル フェザン」に出店している鮮魚店「田清魚店」を訪ねた。この店舗では、同企業体の「むきホヤ」を1回に20本入荷しており、即日で売り切れるという。「ホヤは岩手県民にとってなじみ深い食材です。岩手県産であることが一目でわかるパッケージもいいですね」と田清魚店フェザン店店長の松原さんは語る。

 同じフロアで営業する田清グループの「回転鮨清次郎」では、ホヤの握りやお吸い物が人気だ。ホヤは鮮度維持が難しいうえ、関東以西に流通させるとなると物流費がかさむので、どうしても価格が上がってしまう。コロナ禍が発生する前は、関東地方からも旬のホヤを食べにくる顧客がいたという。店長の櫻さんは「この夏もどうなるか分からないが、『むきホヤ』の商品化でせめて県内に潤沢に行き届いてほしい」と語っていた。

盛岡で創業明治9年の老舗鮮魚店・田清魚店の松原義則さん(右)と、田清グループの「回転鮨清次郎」の櫻 健さん(左)。地元民はもちろん、新幹線の利用客など、岩手の新鮮な味覚を求めて訪れる人々の期待に応えている
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回転鮨清次郎で提供される「活ほや握り」
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 三陸ラボラトリではむきホヤだけでなく、「ホヤビール」など新たな商品開発にも精力的に取り組んでいる。一方ヘラルボニーは、アート作品をブランド化し、世界125ヵ国で販売する仕組みを作る事業を始動した。共同体としても、個々の企業としても、今後の発展が楽しみだ。

「回転鮨清次郎」の店内タッチパネルに現れるMDシールの解説パネル。シール自体の説明を付与することで、「むきホヤ」および共同企業体の認知度向上、ひいては岩手県の水産業のブランディングを推し進める。他にポスターやフライヤーなども併せて認知度を高めている。
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