専任の大工の存在が、和多屋別荘の再生を支える大きな屋台骨の一つとなっていることを感じる。オフィススペースに限らず、旅館の至るところに花器や家具など、木製の美しい造作物がそこかしこに据えられている。これらの多くが大工の手仕事によるものだ。光武昇氏もまたその専任大工の1人。大工小屋に配属になって4年がたつ。

定年退職後の再雇用で専任大工となった光武昇氏(写真:唐松奈津子)
定年退職後の再雇用で専任大工となった光武昇氏(写真:唐松奈津子)
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「社長が『こんなのできないかな?』と絵に描いたり、文章で書いたりしたものを持ってくるわけです」(光武氏)

 実際にその手描きの絵や、小原氏がパソコンで打ったメモのようなものを見せてもらった。イノベーションパートナーズの専用オフィスについて、当時、小原氏が考案した内容が記されている。実際に完成するまでには小原氏と大工たちとの間で何度もすり合わせを行ったというものの、詳細な設計図はない。それでも小原氏のイメージを実現できるのは、“お抱えの大工”ならではの経験とコミュニケーションによるものだ。

オフィススペースをつくる際の仕様書がわりとなった小原氏の文書と手描きの図(写真:唐松奈津子)
オフィススペースをつくる際の仕様書代わりとなった小原氏の文書と手描きの図(写真:唐松奈津子)
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 電話やコピー機、書類などはどこにあるのかと聞いたところ、古賀氏は部屋にある引き戸の中を見せてくれた。防犯カメラや、Wi-Fiのルーター、プリンターなどがうまく収まっている。ワーケーションの利用会員1人に一つずつ設けられた専用ロッカーも、引き戸の中に収納されていた。

旅館仕様の美しい引き戸や開き戸の中に、オフィスの機能として必要な備品類やプリンター、通信機器などが設置されている(写真:唐松奈津子)
旅館仕様の美しい引き戸や開き戸の中に、オフィスの機能として必要な備品類やプリンター、通信機器などが設置されている(写真:唐松奈津子)
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嬉野というまちに還元していく

 和多屋別荘とイノベーションパートナーズは、今年2021年の夏をめどに「温泉×ビジネス×ウェルネス」の第1弾企画として館内にトレーニングジムのオープンを予定している。地元の食と温泉やジムをコラボする取り組みについても検討中だという。

 さらに、和多屋別荘を足がかりに、多くの人が「まちに出る仕掛け」を企画している。例えば、サイクリングとお茶を同時に楽しめる特別プログラム『ちゃりん(茶輪)』の開催。旅館の敷地内にレンタサイクルを置くスペースを設置し、自転車を貸し出すだけでなく、夏休みの時期などには嬉野市内を自転車で回遊しながらお茶を楽しむことができる。和多屋別荘と、近隣で自転車業(販売、修理、イベント)を営むシモムラサイクルズが提携して事業を展開する予定だ。

「シモムラサイクルズ」の看板が立つ、和多屋別荘内のレンタサイクル駐輪スペース(写真:唐松奈津子)
「シモムラサイクルズ」の看板が立つ、和多屋別荘内のレンタサイクル駐輪スペース(写真:唐松奈津子)
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 小原氏は2021年5月(取材のちょうど3日前)に嬉野観光協会の副会長に就任した。「正直、これまで和多屋別荘をどうするかに精いっぱいで、まちのあり方には全く興味がなかった」(小原氏)。そんな小原氏をまちと向き合う気にさせたのは、何だったのか。

「これまでは、お客さまが旅館の中でいかに快適に過ごしていただくかに注力をしてきました。すると、多くのお客さまが外に出なくなるんです。宿としては、一見、それでもいいのかもしれませんが、嬉野にある地元資源を存分に楽しんでいただきたいので、もっとお客さまに外に出ていただいたほうがいい。お客さまが外に出てまちを回遊すれば、まちの至るところに目が付き、まちが見直され、まち全体が良くなっていく。そうなれば、結果的に和多屋別荘の利益にもつながると考えています」(小原氏)

 サテライトオフィスで働く社員やワーケーションで訪れた人々にも、こうしたまちの地域資源に接する機会を積極的に設けたいと話す。和多屋別荘とイノベーションパートナーズのまちに開かれた仕掛けは、まだ始まったばかり。旅館内のサテライトオフィス、温泉ワーケーションはもちろん、これから嬉野のまちをどう変えていくかが楽しみだ。

自転車で嬉野の街を巡る「ちゃりん(茶輪)」のイベントを企画中(写真提供:和多屋別荘)
自転車で嬉野の街を巡る「ちゃりん(茶輪)」のイベントを企画中(写真提供:和多屋別荘)
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