10年続けたら絶景が見える

 『やくも』の原作漫画は、通常、プラネット社内の制作チームによってストーリーがまとめられ、梶原おさむ氏が漫画に仕立て上げていくのだという。「初期の頃は私も制作チームに参加し、ダメ出しなんかもしましたが、今はほとんど梶原君に任せています」と小池氏。年4冊の発行を継続する中、小池氏は地元企業や有志らとコンテンツの活用を模索。いくつかのコラボ企画を実現し、『やくも』の知名度を高めていった。しかし、基本的には地元近隣のローカルで、細く長く活動を続けるコンテンツでしかなかった。

 潮目が変わったのは、2019年末のこと。日本アニメーションからアニメ化の提案が舞い込んだのだ。交渉のテーブルに着き権利関係をまとめると、プラネットは自ら制作委員会に加わり、日本アニメーションに協力してアニメ制作を進めることになった。

 小池氏には「10年続けたら絶景が見える」という信念がある。何事も10年続ければ、絶景と表現するにふさわしい結果が付いてくる、という考え方だ。『やくも』は最初の発行からアニメ化までにおよそ9年間。小池氏が企画構想を始めてから、ちょうど10年の歳月を経ている。

 「日本アニメーションがアニメ化の提案を持ちかける直前まで、やくもが小さなローカルコンテンツのままであることを、おかしいと考えていました。間もなく10年を迎えようとするのにいまだに絶景が見られなかったからです。10年を過ぎたら自前でアニメ化しようと、半ば本気で考えていました」。小池氏は笑みを浮かべながらそう話す。そして、企画構想から10年目の2021年、『やくも』はアニメ放送を開始する。小池氏の信念の通り、絶景は眼前に現れた。

 「これがゴールではありません。例えば、『やくも』のストーリーの中で重要な意味を持つ陶製のオブジェが登場しますが、今これを実際に制作・設置して、観光誘致に役立てようと構想しています。他にも、実写ドラマ化や海外への展開など、取り組んでみたい試みが、まだまだあります」と今回の飛躍にとどまらず、小池氏はさらなる野心をのぞかせる。

『やくも』20号に登場した森の中の陶製オブジェ。アニメでは第6話に登場した。ストーリー上、重要な意味を持つ(資料提供:プラネット)
『やくも』20号に登場した森の中の陶製オブジェ。アニメでは第6話に登場した。ストーリー上、重要な意味を持つ(資料提供:プラネット)
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 堀貞一郎氏の教えから地元の活性化を志し、そのお孫さんのアドバイスと協力を経て生まれた「やくも』。堀氏は2014年に逝去。残念ながら、小池氏がアニメ化の朗報を伝えることはかなわなかった。しかし小池氏は『やくも』に関して、堀氏の存在をそばに感じているのだという。「10年続けてきた忍耐も、アニメ化という飛躍も、私や梶原だけの力ではない。堀先生にやらされている、と常に感じています」(小池氏)。

 『やくも』の原作漫画は2020年9月の第33号で休止。2021年9月に『特別感謝号』が刊行されているが、ストーリーのほうは一時中断されている。代わりに秋田書店のウェブコミック配信サイト『マンガクロス』にて、2021年1月から『やくならマグカップも こみからいず!』が連載開始。初の単行本が2021年9月30日に秋田書店から発売された。描き手の漫画家は、原作と同じ梶原おさむ氏。いうなれば、同じ作者が公開の場を有名出版社の商業メディアに移し、フリーペーパー版の再編集を行っている格好だ。

『やくも』を作画面で支え続けてきた、漫画家の梶原おさむ氏。現在は、秋田書店のウェブコミック配信サイト『マンガクロス』にて『やくならマグカップも こみからいず!』を連載中(写真:バウム)
『やくも』を作画面で支え続けてきた、漫画家の梶原おさむ氏。現在は、秋田書店のウェブコミック配信サイト『マンガクロス』にて『やくならマグカップも こみからいず!』を連載中(写真:バウム)
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 かつて小池氏の情熱に動かされ、物語創造プロジェクトに参加した青年は、いつのまにか社員となり、10年の長きにわたって小池氏の活動を支え、漫画を描き続けた結果、本物の漫画家になった。この結果を梶原氏は粛々と受け止めている。「こんなこともあるんだなぁ、といった感慨です。どこか他人事のようにも感じているのは、僕も小池と同様、堀貞一郎氏にお膳立てされているように感じているゆえんかもしれません」(梶原氏)。

 『やくも』は20219月19日、アニメと異業種のコラボ作品を表彰する「第1回京都アニものづくりAWARD(2021)」の地方創生部門で銀賞を受賞。10年前、小池氏が手弁当で始めた地方創生の試みは高い評価を受け、そしてさらなる飛躍が期待されている。

多治見本町オリベストリートにある「陶都創造館」の様子。地場産業や市民活動の活性化を目的とした商業施設だ。施設の正面には『やくも』の等身大キャラクターパネルが設置されている。これにとどまらず、今、多治見市内では「やくも」の掲示物がいろいろなところで見られる(写真:バウム)
多治見本町オリベストリートにある「陶都創造館」の様子。地場産業や市民活動の活性化を目的とした商業施設だ。施設の正面には『やくも』の等身大キャラクターパネルが設置されている。これにとどまらず、今、多治見市内では「やくも」の掲示物がいろいろなところで見られる(写真:バウム)
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 前編では『やくも』原作の誕生からアニメ化までの軌跡を紹介した。後編では日本アニメーションが『やくも』アニメ化を企画した経緯をはじめ、活用推進事業を立ち上げるなど、積極的な姿勢を見せた自治体の取り組みを紹介する。

後編はこちら