スティルウォーター(東京・渋谷)という女性だけの会社が注目されている。海外で経験した豊かな生活を東京で実現するため会社を起業したい──。そんな「ふんわり」とした目標を掲げた現社長の白石宏子さんのもとに、その感覚を共有できるかつての同僚3人が集まった。4年ごとに社長が交代し、稼ぎも平等に分ける。そうした、「会社らしくない」会社で、女性ならではの感覚をフルに生かしながら、食の分野を軸に活躍する。彼女たちの何が人々を引き付けるのか。どのようにして豊かな生活を実現しようとしているのか。現社長の白石宏子さんと、前社長・玉置純子さんに話を聞いた。

 スティルウォーターの創業は2012年で、メンバーはたった4人。しかも、4年ごとに社長が交代する。さまざまな職を経験しながら、ある時点で同じ職場で出会った女性たちが立ち上げた。稼ぎもみなで平等に分けると決めてのスタート。何もかもがフラットな会社だ。

女性4人の会社スティルウォーターのメンバー。左から右へ、創業メンバーの青木佑子さん、玉置純子さん、白石宏子さん。右端は、2021年入社の新メンバー、吉倉理紗子さん(写真:大塚千春)
女性4人の会社スティルウォーターのメンバー。左から右へ、創業メンバーの青木佑子さん、玉置純子さん、白石宏子さん。右端は、2021年入社の新メンバー、吉倉理紗子さん(写真:大塚千春)
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 起業したいと声を上げたのは、白石宏子さん。現社長だ。かつて暮らしていた米ミネソタ州の最大都市ミネアポリスでの経験が、起業の原動力となった。白石さんにとって、米国中北部のミネアポリスは、今日という日をどう豊かに過ごすかに住民一人ひとりが向き合っているまちだと感じたという。

 どんな生活レベルの人でも豊かな文化を享受できるような取り組みが進んでいて、例えば、近現代美術のコレクションで知られるウォーカー・アート・センターは、毎月第一土曜日が入場無料。地域に奉仕したいという住民の意識が高くボランティア活動が盛んで、同センターには館内を案内するボランティアガイドがおり、各人にファンが付いていた。毎年国際映画祭も開催され、啓蒙目的も含めた映画上映のために1960年代に設立された団体がこの映画祭を運営する。「生活が豊かで、住む人が広く地域にかかわることができるまちだった」と白石さんは振り返る。

 「ミネアポリスには、全米有数の生活協同組合のスーパーマーケットがあり、それぞれの食材がフェアトレード、オーガニック、ローカルと明示され、買う人の価値観に沿った選択ができました。“9時5時”で仕事をして、夜は家族と外出を楽しむ。五大湖に近く、1万もの湖がある州で、自宅から15分も歩けば水辺の自然と触れあえた。この豊かな生活の感覚を東京で実現したいと強く思い、会社をつくろうと思ったんです。「ふんわりとした」モチベーションだけれど、この仲間となら実現できるに違いないと、創業メンバーに声をかけました」(白石さん)

 起業家による「何年までに売り上げ何億円」などといった目標をよく耳にするが、スティルウォーターは売り上げ目標にまい進するのではなく、自分たちの価値観を軸に、依頼された仕事や自主企画と丁寧に向き合ってきた。メーカーのブランディングやさまざまなコンテンツ作り、編集の仕事──。東京・丸の内で女性のライフスタイルに切り込んだワークショップを手掛け、福島や広島では、自治体などと共に地域社会を豊かにするための仕事にも取り組んだ。そうしたなか、中核を占めるようになってきたのが、食に関する仕事だという。

 メンバーの職歴はホテル、広告代理店、映画配給、アートや食の仕事などと多岐にわたるが、「全員が食いしん坊で食に対して妥協がない」と白石さんは話す。彼女は家に味噌10種類、塩も10種類以上そろえているというから恐れ入る。「おいしいものが好きな人は感性が豊か。長年の経験を積み重ねると、おいしさの表現も広がり、モノの見方の解像度が高くなる。おいしいものを知っていると、視点が豊かになるんです」(白石さん)。料理は、ある程度決められた時間の中で、全体の構成や手順を考えなくてはならない。何人かで調理をする場合は、その分担を考える必要もある。近年は、チームビルディング研修の一環として企業が料理を取り入れる例が増えてきた。食を知ることは、仕事を含めて、生きることの指針を見いだすことにもなり得るというわけだ。

“ポットラック”で見えてきた参加者の食の歴史

 ハーブなどタイのオーガニック食材を使った自社製品を販売するなど、スティルウォーターはさまざまなかたちで食にかかわっているが、同社の食の仕事で、その姿勢を最もよく表す企画の一つは2013年より東京・代官山で開催しているワークショップ「日々、これ食卓」だ。地域、世代、ジャンルを超えた人々の交流を目的としたセミナーやコンサートなどのイベントを手掛ける会員組織「クラブヒルサイド」から、食のワークショップをやってみないかとの依頼を受けて始まったものだ。

高級食材店「ヒルサイドパントリー代官山」の入り口近くには、スティルウォーターが手掛けるワークショップ「日々、これ食卓」で紹介された食材が並ぶ(写真:大塚千春)
高級食材店「ヒルサイドパントリー代官山」の入り口近くには、スティルウォーターが手掛けるワークショップ「日々、これ食卓」で紹介された食材が並ぶ(写真:大塚千春)
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 いくつもの「引き出し」があったなかで、彼女たちが選んだのは、野菜、魚、肉といった食材のほかに、日本人の食の基本である調味料「さしすせそ」(砂糖、塩、酢、しょうゆ、味噌)や鰹節、昆布などに焦点を定めること。全国各地の生産者や食の現場にかかわる人々を訪ねて話を聞き、ほれ抜いた彼ら、彼女らによる講義と、料理人によるその食材を用いたミニコースを提供するワークショップを組み立てた。1コースが全6回、毎回異なる生産者を招くぜいたくな内容で、これまでに30数人の生産者などがワークショップに参加してきた。「私たちが知ってもらいたいと思ったのは、『正直なものづくり』をしている生産者のみなさん。例えば、味噌だったら麹と大豆、塩のみで造る生産者の方に来ていただいた。世の中の多くの食品は製造プロセスの短縮や流通を優先させてつくられている。もちろん、なるべく多くの人に届けるためには、そうした大量生産の食品の役割もあるでしょう。でも、『正直なものづくり』をしている人たちのことを知った上で、自分で楽しく選べたらいいなと思うんです」(白石さん)。彼女の言葉には、ミネアポリスの消費者が自らの生活を彩る食材を、自分たちの意思で選択するさまを目にした経験が重なっているように思える。