出版社は“地方の時代”かもしれない

韓国文学の翻訳もいち早く手掛けられました。

田島狙ったわけではないんです。日本語ができる韓国の詩人と知り合ったのがきっかけです。韓国の詩のイベントに招待されるなど何度も同国を訪れるうちに、韓国には韓国文学翻訳院というものがあり、訳者や出版社が助成を受けられると知りました。それで、韓国の女性文学シリーズを出してはどうかと考え、2016年からスタート。まず6冊刊行することに決めました。最初に6冊まとめて出すと決めれば、何度も面倒な書類を出さなくても助成金をもらえるというメリットを考えてのことです。韓国の友人に、「韓国では日本の小説がたくさん翻訳されているのに、どうして日本では韓国の小説がほとんど紹介されていないのかしら」と聞いたら、「韓国には日本ほど面白い小説はない」と言われて。そんなことはないだろうとずっと思っていたんです。それでも、今の活況は想像もできませんでした。

書肆侃侃房の文学ムックも注目されていますね。2016年に小説、翻訳、短歌を中心とした『たべるのがおそい』(現在は終刊)、2018年に短歌ムック『ねむらない樹』、2020年には小説と翻訳を中心とした『ことばと』を創刊されています。

田島熟考の末、出したわけではないんです。ムックは雑誌ではなく書籍と同じ扱いなので、書店にバックナンバーをずっと置いてもらえるといいなというぐらいの発想でした。『たべるのがおそい』の編集長・西崎憲さんは、フラワーしげるという歌人でもあり、「現代歌人シリーズ」という弊社の短歌シリーズの著者でした。それで、歌集づくりの相談をしているときに、文芸誌の内情を聞いたんです。最近、少しは分かるようになったんですが、作者の生み出した作品がすべて文芸誌に掲載されるわけではないとか、担当者は載せたくても編集長からOKが出なかったとか、亡くなった作家の特集が組まれるといった理由で掲載されず塩漬けになった作品などが想像以上にあるというのです。また、新鋭の歌人の発表の場をつくりたかったこともあり、ムックを出すことにしました。

書肆侃侃房の文学ムック『たべるのがおそい』(左)と『ことばと』(右)。大手の文芸誌では有名作家の名前を大きく掲載した表紙をよく目にするが、「文学をやる人間に上も下もない」(田島さん)と、両誌では、作家名はみな同じ大きさだ。なお、『ことばと』創刊号に掲載された千葉雅也さんの「マジックミラー」は2021年の川端康成文学賞を受賞している(写真:大塚千春)
書肆侃侃房の文学ムック『たべるのがおそい』(左)と『ことばと』(右)。大手の文芸誌では有名作家の名前を大きく掲載した表紙をよく目にするが、「文学をやる人間に上も下もない」(田島さん)と、両誌では、作家名はみな同じ大きさだ。なお、『ことばと』創刊号に掲載された千葉雅也さんの「マジックミラー」は2021年の川端康成文学賞を受賞している(写真:大塚千春)
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 『たべるのがおそい』の創刊号に掲載した今村夏子さんの小説『あひる』は、芥川賞候補となりました。今村さんは心配性で、締め切りに間に合わなくなったら申し訳ないなどと、依頼を断っておられた時期があったそうです。それで、今村さんはもう小説をお書きにならないというウワサがまことしやかに流れていた。でも、『たべるのがおそい』で依頼したら、大きな出版社ではないし、気楽に書けると思われたのか、新作をいただけました。

2019年には、書肆侃侃房が主催する短歌賞「笹井宏之賞」が創設された。受賞作は短歌ムック『ねむらない樹』で紹介され、歌集が出版される。ちなみに、2021年の現代詩人賞を受賞した鈴木ユリイカさんの『サイードから風が吹いてくると』をはじめ、今年は同社出版の詩歌集がさまざまな賞を受賞している
2019年には、書肆侃侃房が主催する短歌賞「笹井宏之賞」が創設された。受賞作は短歌ムック『ねむらない樹』で紹介され、歌集が出版される。ちなみに、2021年の現代詩人賞を受賞した鈴木ユリイカさんの『サイードから風が吹いてくると』をはじめ、今年は同社出版の詩歌集がさまざまな賞を受賞している
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今村夏子さんの『あひる』。表題作ほか、書き下ろし2編を収録。『あひる』は2017年の河合隼雄物語賞を受賞した
今村夏子さんの『あひる』。表題作ほか、書き下ろし2編を収録。『あひる』は2017年の河合隼雄物語賞を受賞した
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 恐る恐る依頼をすると快く、書きますよ、と言ってくださる方がいる。「単行本にしてもらえないか」と連絡をいただくことも。こちらで無理だろうなと思う方でも、お会いしたときに「いつか、うちから作品を出させてください」とお願いすると、かなうことがあるんです。

地方の出版社としてのハンデは感じられていない?

田島インターネットで大容量のデータが送れるようになったことで、出版の環境は大きく変わったと思います。『たべるのがおそい』では、本のデザインも東京のデザイナーの方と組みましたし、あらゆることが地元のネットワークに縛られなくなりました。作家も少し前までは東京に出なくては成功できないと言われましたが、今は地方を拠点とする人が増えていると思います。宣伝もTwitterなどのSNS(交流サイト)の登場で、福岡にいても東京の出版社と変わりない発信ができます。テレワークが進んだ今は、逆に地方の時代かもしれません。