農場のサブスクリプションまたは農業のエントリーモデルとして
「農業コミュニティーでの電気の地産地消」という目標に向けて、長瀬氏がまず取り組んだのが「縦型水耕栽培装置」の開発だ。最初は海外の製品を購入して試した。しかし、長瀬氏が納得するような製品は見つからなかった。試行錯誤の末、独自の製品を作り特許を取得し、製品化する。
それが、「BI-GROW Tower(バイグロータワー)」だ。樹脂製のレールを2本組み合わせた縦樋(たてどい)のような装置は、中に独自開発のフェルト繊維を充填してある。縦に配置した状態で上から養液を垂らすとフェルト繊維に浸透し、これが作物にとっての土壌になる。他の同様製品とは異なり、小さな根菜類も栽培可能な点が特長だ。空間を縦方向へと効率的に使うことができるため、長瀬氏の解説によると、同じ敷地面積に通常通りの作付けをした場合に比べ、約30倍の収穫量を上げることが可能だという。「通常のビニールハウスでは、農耕地を効率的に利用しているとは言いがたい」(長瀬氏)。
グリーンリバーホールディングスのグループ企業として、農業部門を担うグリーンラボでは、バイグロータワーを使った直営農場を運営。スイートバジルを栽培し、実際に商品として出荷している。
長瀬氏は、農業のさらなる高度化をめざす。
「VEGGIE(ベジー)シリーズ(仮設型植物工場)」は移動可能なコンテナの内側に、この縦型水耕栽培装置であるバイグロータワーを複数台設置した植物工場ユニットだ。コンテナ内部の温熱環境はIoT機器によってコントロールする仕組みで、遠隔地からの操作とモニタリングが可能。電気と水さえあれば、広大な農地がなくても高効率な次世代農業が可能になる。水耕栽培装置のみの「VEGGIE Harvest(ベジーハーベスト)」と、ワークスペースを備えた「VEGGIE Works(ベジーワークス)」の2種類をシリーズ展開している。
冒頭に紹介した、深谷市のONE FARM深谷Worksで採用されたのは、このベジーワークスだ。
2019年に埼玉県深谷市が主催した、農業課題を解決する技術や事業プランを全国から募るビジネスコンテスト「ディープバレーアグリテックアワード2019」に、長瀬氏率いるグリーンリバーホールディングスがエントリー。当時、試作機によるテスト運用中であったベジーシリーズがプロダクト部門で最優秀賞を受賞した。長瀬氏は、この受賞を機会に深谷市の出資を受け入れ、ベジーシリーズを実用化。最初の取り組みとして、ベジーシリーズの実証実験とアグリワーケーションによるエンターテインメントを両立させる施設、『ONE FARM深谷Works』を企画、開業した格好だ。
「受賞後の事業企画として本来、深谷市から求められていたのはベジーシリーズを使ったハイテク農業の実証実験でした。しかし、単なる実証実験では人々の関心は集められません。農業で人を集めるには『楽しい』や『カッコイイ』と感じられる仕掛けが必要です。深谷市の事例では、キャンプ場のようなアウトドアの要素に加え、ハイテク農業を体験できるアグリワーケーション施設としてエンターテインメント性を打ち出しました。『楽しい』や『カッコイイ』から関心を集め、ハイテク農業に関心を持ってもらう機会になればと考えています」。長瀬氏は、そのように話す。
『ONE FARM深谷Works』内のベジーワークスは、ビジタープランなら1時間1000円程度*から利用できる。まるでカラオケボックスでも利用するかのような気軽さで、ハイテク農場でのワーケーションが可能だ。バイグロータワーを専用に借り受け、本格的に水耕栽培に取り組みたい場合でも、最小プランなら月額9000円程度*から始められる(*ビジタープランの場合は1回の利用につき利用料500円、会員プランの場合は会員登録料2000円が、それぞれ別途必要)。
長瀬氏はベジーシリーズが、農場のサブスクリプション、または農業のエントリーモデルとして利用されることを期待している。
「初めからキツい、汚い農業では敬遠されます。まずはベジーで最先端の農業を知ってもらいたい。さらに関心を得られたなら、農業のトレーニング施設として活用してもらえれば幸いです。これらの体験をきっかけに、土を使った農業に帰っていくもよし、ハイテク農業を推し進めるもよし。ここから次世代農業の携わる人材が現れることを、期待しています」(長瀬氏)
ここで育った人材が将来的に地方に戻り、ハイテク農業を実践。農業コミュニティーの形成と電力の地産地消によって、コストとリスクを抑えた合理的な農業を行う──。長瀬氏が構想する壮大な取り組みは、まだ始まったばかりだ。