めざす都市像に「個性輝く世界都市」と「希望あふれる人間都市」を掲げる長崎県長崎市。古来、東西交流の拠点となってきたこのまちには、今もなお独特の文化や伝統が息づく。このたび、地元にしっかりと根を下ろし、地元にちなんだモノづくりに取り組む“新しい長崎”を担う人たちを取材した。

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 今、長崎県が元気だ。2022年秋に西九州新幹線の暫定開業を控え、長崎駅前一帯の大規模な再開発や沿線市の駅周辺整備が進む。県は「100年に一度の変化」をうたい、新幹線のみならず、長崎港、佐世保港、長崎空港も含めた“アジアの玄関口”として生まれ変わりを図る。

 歴史をひもとけば、県都の長崎市は昔から“東西文化の交差点”として世界に開かれてきた。16世紀のポルトガル人による初入港に始まり、キリスト教の伝来と普及、鎖国時代に唯一海外との接点となった出島、幕末動乱期における欧米諸国との貿易・技術交流など、明治維新前は日本一の国際都市だったと言っても過言ではない。

東京に出て発見した“長崎の面白さ”を雑貨に

 長崎市江戸町で「長崎雑貨 たてまつる」を経営する高浪高彰さんは、そんな長崎の歴史をこよなく愛する人物。「たてまつる」では、過去の偉人や市内の名所をモチーフにした手ぬぐいやバッグを看板商品とする。しかし、長崎市で生まれ育った彼が地元に興味を持つようになったのは、意外にも東京に出てからだった。

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長崎雑貨「たてまつる」。扱う商品は長崎特有のモチーフが使用されている

 「このまちに生まれ、高校を卒業するまで過ごしましたが、何もない田舎に嫌気が差してすぐに東京に飛び出しました。でも、東京って地方出身者の集まりじゃないですか。眼鏡屋で働いていた頃、職場の飲み会でみんなが地元自慢をするわけです。時には歴史上の人物を絡めたりしながら。ところが僕は、長崎の魅力を語ることができなかった。それが悔しくて」(高浪さん)

長崎雑貨 たてまつる 店主 高浪高彰さん
長崎雑貨「たてまつる」 店主 高浪高彰さん
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 そこで神田神保町の古書店街に赴き、長崎にまつわる歴史本を100円で購入。これを機に長崎の歴史にはまり、一気にのめり込んだ。江戸町にはかつて長崎海軍伝習所(旧長崎県庁跡地)があり、「たてまつる」の前の坂道を、勝海舟、五代友厚、榎本武揚らが歩いていた事実を知った。「それからは帰省するたびに本で覚えた場所を訪ね歩いて思いをはせました。この坂道は通学路でしたし」と高浪さんは笑う。

店前の坂道。坂道なので入り口部分は1階ではなく、実は2階にあたるという
店前の坂道。坂道なので入り口部分は1階ではなく、実は2階にあたるという
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 その後、結婚を契機に長崎市にUターン。「たてまつる」の場所で伯母が「長崎奉行所」という名の土産物店を経営していたこともあり、引き継ぐかたちで商売を始めた。名前からわかるように、店は長崎奉行所西役所の跡地にある。昭和28年(1953年)に建てられた民家を改造した、味わい深い内装となっている。

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木材でできていて温かみを感じる店内

 「店舗はあったので何をやってもよかったんですが、せっかくならユニークな歴史を商品に落とし込みたいと考えました。ちょうど東京で『かまわぬ』というブランドの手ぬぐいがはやっていたので、長崎の歴史を手ぬぐいに染め抜いて販売してはどうかとひらめいたんです。長崎市には長崎くんちという有名なお祭りがありますが、そこでは手ぬぐいを頭に巻く習慣があり、染屋さんも多い。そこから長崎雑貨という言葉を思いつき、エイや! とスタートしました」(高浪さん)

 ただし、普通の絵柄にだけはしたくなかったと話す。高浪さんは生まれながらのクリエーター気質であり、凝り性だったからだ。高浪という珍しい名字を見てピンときた人がいるかもしれないが、9歳離れた高浪さんの兄はピチカート・ファイヴのオリジナル・メンバー、高浪慶太郎(ピチカート時代は敬太郎)さん。ピチカート・ファイヴは、渋谷系の中心的存在として熱狂的な人気を誇るバンドである。

 兄の影響もあり、若い頃は洋楽に夢中になった。中でもローリング・ストーンズがお気に入りで、アンディ・ウォーホルが手がけた『スティッキー・フィンガーズ』や『ラヴ・ユー・ライヴ』のジャケット写真に強くひかれた。

 「どちらもすごく印象に残るトリミング(切り取り)で、それが一つのヒントになりました。それから写真にもはまったことがあり、長崎に住んでいた東松照明、スナップ写真の巨匠、森山大道にも影響を受けています。手ぬぐいは長方形で、非常に独特な画角。そこで僕は、一見意味不明と思われるほど大胆にトリミングした絵柄をデザインすることにしました。そのほうが人をひきつけますし、想像力をかきたててくれますから」(高浪さん)

 例えば、人気商品の坂本龍馬の手ぬぐいは左側の半身のみを描いている。かろうじて象徴的な袴姿から龍馬を想起できる。眼鏡橋がモチーフの手ぬぐいは、橋そのものではなく、橋の上で落ち合う恋人に目が行く。グラバー園で有名なトーマス・ブレイク・グラバーの手ぬぐいは顔の右半分をどアップで描いた。

『うごかんとよー』の手ぬぐいとともに
『うごかんとよー』の手ぬぐいとともに
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 「とはいえ、長崎の魅力を伝えることも大事ですから、手ぬぐいにはうんちくカードを付けています。坂本龍馬は高机に片肘をついている有名な写真を切り取ったものですが、当時は撮り終わるまでにじっとしている必要がありました。だらけているわけではないんです。

 もしかしたら、撮影した上野彦馬(日本最初期の商業カメラマン)が『あと少しやけん(もう少しだから)、動かんとよー(動かないでよー)』と励ましながら撮ったのかもしれない。だから手ぬぐいのタイトルが『うごかんとよー』なんです。そんなふうに、熱血ヒーローにも人間っぽいエピソードがあります。買った人たちが小話として広めてくれて、長崎を知ってくれることがゴールだと思っています」(高浪さん)

 斬新なデザインとテーマが受け、今では全国に根強いファンを持つ。2014年からはアパレルメーカーのアーバンリサーチとコラボ商品の開発を重ね、現在も歴史順に新作を出している。

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アーバンリサーチとのコラボ商品。ブックカバーやカバンなど、さまざまなアイテムが生まれている

 長崎にUターンして20年近くがたち、地域とのつながりも深まってきた。店舗のすぐそばにある県庁跡地活用の会議に参加したり、SNS経由で毎日のように長崎の歴史や小ネタを披露したりするなど、年々“長崎愛”は深まるばかりだ。

 「駅前の再開発で、長崎港までのベイエリアに中心が移り、繁華街の浜町も危機感を覚えています。出島や江戸町エリアはちょうど中間地点になるので、県庁跡地の再開発が鍵を握ります。幸いなことに最近は、いろんなことにチャレンジしたい若い世代が増えてきました。そうした若い力に支援できることがあれば積極的に協力して、まちを盛り上げていきたいです」(高浪さん)

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長崎雑貨 たてまつる