北海道・札幌市に東京から移住した夫婦が2019年に会社を立ち上げた。北海道の果物や野菜を使った子どものおやつを手掛ける会社、コロッケ(札幌市)だ。インターネットや金融業界という東京の最先端の職場で働いていた夫婦がすべてをリセットし、北海道での再スタートを決めた。なぜ移住を決めたのか、新しい会社はどのようにスタートしたのか、北海道には東京にない何があるのか。コロッケ社長・萩原美緒さんと夫の学さんに話を聞いた。

 「3ヵ月限定で、北海道に住もう」

 萩原美緒さん、学さん夫婦の北海道生活は、そんな何気ない気持ちから始まった。レシピ検索サイト大手のクックパッド(横浜市)で、コーポレートブランディングなどを手掛けてきた美緒さんは、第2子の育児休暇中。同じタイミングで、ビジネス交流サイトを運営するウォンテッドリー(東京・港)の共同創業者だった学さんも、人生の“リセット”をしたいと、会社を退任し充電中だった。

 北海道に2人は惚れ込んでしまった。

毎日の食事を心から「おいしい」と感じた

 夫婦共に多忙な東京の生活では、帰宅すると疲れ果てていた。「夜はもうとにかく料理をしたくなくて、平日は子どもが食べてくれればいいと、簡単なものしか作りませんでした」と美緒さんは振り返る。

 定番メニューは、ご飯が進む味の濃い野菜や肉のおかず。「『クックパッド』のレシピでも、当時人気上位だったのは、『オイマヨ炒め』(オイスターソースとマヨネーズを使用した炒め物)や『ガリポン炒め』(ガーリックとポン酢を使った炒め物)。いずれも誰が作っても簡単にうまくできて、ご飯が進む濃い味付けの料理で、みんな私と同じような状況を抱えているんだろうな、と思いました」と言う。

コロッケ社長・萩原美緒さん。クックパッドでコーポレートブランディング、採用責任者、海外事業部のオペレーションを担当後、同社の子会社CookpadTV(クックパッドティービー)で新規事業の責任者を務めた(写真:大塚千春、取材はマスクを着用の上行った)
コロッケ社長・萩原美緒さん。クックパッドでコーポレートブランディング、採用責任者、海外事業部のオペレーションを担当後、同社の子会社CookpadTV(クックパッドティービー)で新規事業の責任者を務めた(写真:大塚千春、取材はマスクを着用の上行った)
[画像のクリックで拡大表示]

 ところがだ。短期移住をした夏のニセコでは、食生活が激変した。「とにかく野菜がおいしくて、オリーブオイルと塩で味をつけるだけでいい。子どもたちもびっくりするほどよく野菜を食べてくれた」と美緒さんは目を丸くする。学さんは、それまで嫌いだった牛乳やチーズを「おいしい」と口にするようになった。ご飯は近くで汲んだ湧き水で炊き、その湧き水に、やはり近くで採れたミントを入れて飲んだ。家族みんなが、毎日の食事を心から「おいしい」と感じるようになった。

 「東京では、家族で一緒に食卓を囲むことはほぼありませんでした。それが、ニセコでは毎日朝から晩まで一緒にいて、今日は夕日がきれいだね、星がきれいだねと話して、夜ご飯を食べる毎日で。この生活はすごく良いなと思ったんです」と学さんは話す。

コロッケ取締役の萩原学さん。ゴールドマン・サックス証券の投資銀行部門に勤務後、ウォンテッドリーの共同創業者/COO/CFOとしてサービス開発、ビジネス部門、ファイナンスの責任者を務めてきた(写真:大塚千春、取材はマスクを着用の上行った)
コロッケ取締役の萩原学さん。ゴールドマン・サックス証券の投資銀行部門に勤務後、ウォンテッドリーの共同創業者/COO/CFOとしてサービス開発、ビジネス部門、ファイナンスの責任者を務めてきた(写真:大塚千春、取材はマスクを着用の上行った)
[画像のクリックで拡大表示]

 人との関わり合い方も、東京とはまるで違った。美緒さんは次のように語る。「東京にいたときはあまり知らない人とは話さなかったんですが、例えば銭湯で子どもたちと一緒にお風呂に入っていると、おばあちゃんが話しかけてくれる。今日も来たのね、って声をかけてくれて、名前を知らなくても自然に人と人との関係ができた。私は青森の八戸出身なんですが、そこでは近所の人が『あそこのおじいちゃんが具合悪そうだから、これ持って行って』というような地域のつながりがあって、それを思い出しました。東京での私の生活は、年代別、職種別、年収別などで、交流関係が“区切られて”いた。いろいろな人が住んでいるけれど、狭い世界で生きていたとも思うんです」

 そうして、萩原さん一家はその年の秋、北海道へ移住した。2016年のことだ。

思わぬ起業、そして子ども向け「夕食前のおやつ」の開発へ

 美緒さんは育児休暇明けに、一旦北海道を拠点としたリモートワークにより職場に復帰している。しかし、「北海道に来たからには、東京の会社には長くはいられないかも」と、同地で転職活動もしてみたという。ところが、「前職が東京の会社の総合職で、女性で子どもがいると伝えると、『あなたを十分生かせる仕事はありません』と言われてしまい、なかなか自分に合う仕事が見つからなかった」と明かす。

 そして、自分を受け入れてくれる会社がなかったことが、思いもしなかった展開を生む。「だったら、ゼロから自分で会社を立ち上げよう」、そんな気持ちが湧いてきたのだ。「東京では、キャリアの延長線上でしか夢を語れませんでした。でも、北海道に来てからは、人生の中で何をしたいかという、大きな枠の中で夢を語れるようになった気がします」(美緒さん)。こうして、2019年、札幌に夫婦の会社であるコロッケが誕生した。

 コロッケは、萩原一家の子どもたちが北海道の食材を食べたときの「おいしい顔」が発想の原点となった会社だ。商品は、おやつアイスの「Pocco(ぽっこ)」。定期便で各家庭に届ける形で販売する。材料は北海道のフルーツや野菜。極上の笑顔を浮かべながら子どもたちが食べた道産の食材を使おうというわけだ。

 “アイス”とは言っても、各家庭に届くPoccoは、1食分ごと細長い小袋にパッケージされたゆるいペースト状で、常温で届いたこれらのペーストを冷蔵庫で凍らせて食べる。ブドウやニンジン、イチゴ、リンゴなどを用いたペーストの味付けはレモンやてんさい糖のみで、人工添加物は使わない。

 1袋は20グラムと少量だが、これは子どもたちが「ごきげん」で夜ご飯を待てるよう、夕食前に食べるおやつをイメージして開発したため。甘さも抑え、夕食もおいしく食べられるようにと考えた。2人の子どもを持つ萩原さん夫婦ならではの発想だろう。

 Poccoは2020年7月に販売を開始し、現在、全都道府県に顧客を抱える。おやつアイスとしてだけでなく、介護食などとしても引き合いがあるという。また、2021年12月からは、新千歳空港で、子どもだけでなく大人が食べることを意識した商品の販売も始めた。

定期便で販売するPoccoは写真のようなパッケージに入り、基本的に3種類のアイスが4本ずつ約28日ごとに届く。内容は季節によって変わり、新しいラインナップも意欲的に開発している。パッケージは北海道のデザイナーによるもので、“消印”に北海道の地図を用いるなど、使用食材が道産であることがストレートに伝わるデザインだ(写真:大塚千春)
定期便で販売するPoccoは写真のようなパッケージに入り、基本的に3種類のアイスが4本ずつ約28日ごとに届く。内容は季節によって変わり、新しいラインナップも意欲的に開発している。パッケージは北海道のデザイナーによるもので、“消印”に北海道の地図を用いるなど、使用食材が道産であることがストレートに伝わるデザインだ(写真:大塚千春)
[画像のクリックで拡大表示]
新千歳空港で販売を開始、大人もターゲットに据えた“グルメ”バージョンのPocco(写真:コロッケ)
新千歳空港で販売を開始、大人もターゲットに据えた“グルメ”バージョンのPocco(写真:コロッケ)
[画像のクリックで拡大表示]