Poccoを支える出会いは「家族みんなが楽しい」つながりから

 顧客に届くアイスの種類は季節によって変わるが、中には北海道ならではの食材ハスカップもある。「Poccoを発売して間もなく、道南の厚真町(あつまちょう)のハスカップ農家さんが、『自分たちの果物を使用してもらえないか』と連絡をくれたことが商品化につながりました。北海道の方々に試食をしてもらったら、『ハスカップそのものよりハスカップの味がする』と言ってもらえたんですよ」と美緒さんは嬉しそうに話す。

 強い酸味のあるフルーツのため、主なターゲットとして子どもを意識した商品としては大人っぽい素材選択のように思えるが、「大人が食べてもおいしいものを、開発の基準にしているんです」と学さんは言う。「うちの子どもたちは品種改良して甘くしたフルーツよりも、ちゃんと酸っぱさもあるフルーツの方が好きなんです。子どもにとっても『おいしい』は甘いだけじゃない。開発過程で『おいしいというのはいろいろな味が重なっていることだよね』と札幌のミシュラン店の方にも教えていただいて、味作りの考え方の基本となりました」

 実は2人には、食品開発の経験が全くなかった。「とにかく一から調べ、何でも周囲に聞きながら前進しました」と話す美緒さんは、会社を退職する前はクックパッドの子会社で新規事業の責任者だった。その経験を生かしながらも、“前進”の仕方は東京にいたときとは違ったように見える。ゼロからのスタートならば、まずはとにかく人脈を広げようしたのかと思いきや、そうではないと首を横に振ったからだ。

 「私たちがいたインターネット業界では、ネットを介した自分のネットワークが広がることに価値を見出す人が多かったように思います。ただ、私はそれが好きではなかった。だから、むやみに人脈を広げようという気持ちは全くありませんでした」(美緒さん)。

 家族で過ごすことの豊かさを“発見”した北海道では、「この人と知り合ったら、家族みんなが楽しいだろうな」などと考える中から人との関係が築かれていった。「仲良くなり親戚感覚で家へ遊びに行ったりして、その人たちに自分の夢ややりたいことを話していたら、いろいろな縁をいただくようになったんです」

萩原さん夫婦の自宅兼オフィス。緑豊かな公園に隣接する(写真:大塚千春)
萩原さん夫婦の自宅兼オフィス。緑豊かな公園に隣接する(写真:大塚千春)
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自宅内には広々としたキッチンが設けられ、一部の試作もここで行われる(写真:コロッケ)
自宅内には広々としたキッチンが設けられ、一部の試作もここで行われる(写真:コロッケ)
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ビジネスと技術それぞれに強い助言者も

 最も重要な出会いの一つは、ユニークな経営で知られる札幌のスーパーマーケット「フーズバラエティすぎはら」の店長、杉原俊明さんとの出会いだ。

 住宅街に建つ同店の外観は、いわゆる地方のスーパーの典型に見える。だが、店内に足を踏み入れれば、この店でしか見ないような食材であふれ、たまたま店に入った学さんを驚かせた。「杉原さんのスーパーの商品は魅力的で、自分の生活の中で絶対必要なものになったり、人にもすごく薦めたくなったりします。杉原さんとは最初、趣味のスキーで話が合い仲良くなったのですが、ビジネスを始めるときにアドバイスをいただけないかとお願いしたら、熟考された上でお受けいただけました。移住者が覚悟を決めてやろうとしていることを応援したい気持ちに加え、年齢を重ねた今、子どものすこやかな成長を守る食品づくりに携われるのは喜びだと感じるとおっしゃっていただけたんです」と学さんは話す。先のミシュラン店も、杉原さんの紹介でアドバイスを受けに行ったという。

こだわりの品ぞろえの札幌・宮の森のスーパーマーケット「フーズバラエティすぎはら」(写真:大塚千春)
こだわりの品ぞろえの札幌・宮の森のスーパーマーケット「フーズバラエティすぎはら」(写真:大塚千春)
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「フーズバラエティすぎはら」にもPoccoが並んでいた。2021年秋撮影(写真:大塚千春)
「フーズバラエティすぎはら」にもPoccoが並んでいた。2021年秋撮影(写真:大塚千春)
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 商品の実現に向けて、もう一人のキーパーソンとなったのが、当時、北海道立総合研究機構(以下、道総研)食品加工研究センター副所長だった柳原哲司さんだ。食品づくりの素人だった萩原さんたちを、技術面でサポートした人物である。

 「ある展示会で柳原先生にお会いした時は、ポストに届ける常温アイスというところまでアイデアが固まっていましたが、作り方は全く分かっていなかった」と学さんは明かす。そして、「こんな商品を作りたいと話したところ、『うちの施設で技術支援ができますが、一度いらっしゃいますか』と言っていただいたんです」。北海道の産業を技術面から支援する道総研の食品加工研究センターでは、無料で相談を受け付け、また、施設を使った試作のサポートをしていたのだ。

 柳原さんは、道総研の特許技術「レアフル製法」の開発チームのリーダーだった。リンゴや洋ナシなどの果実を、生の味を損なうことなく常温で長期保存できるようにする技術だ。「果実を真空パックして加熱殺菌する。すると、常温で長期保存ができるようになるんです。殺菌温度などをうまく調整すると、例えばリンゴならサクサクとした食感まで残り、素材そのものの味、色のまま保存できる。味がぼやけず、リンゴは品種の違いも分かります」(柳原さん)。常温保存ができるレトルトパウチ食品は、通常120℃で4分以上の加熱加圧殺菌をする。ただし、リンゴのようにpH値が低く、酸度が高いフルーツの場合は、より低温の加熱でも同等の殺菌ができるため、食感や風味も保てるのだ。

 「例えば、アップルパイを作るのにも、生のリンゴを利用すると加工に手間がかかるため、缶詰のシロップ漬けなどがよく使われるといいます。そこからシロップの味を一度抜いて、自分の店の味を付けるそうなんです。レアフル製法によるリンゴは生の果実より高いけれど、手間暇や人件費を考えれば、旬の味が生きた使い勝手がよい素材となるんです」(柳原さん)。実際、札幌のある菓子店は、これを用いたリンゴのパイで、2017年に同地で開催された菓子コンペティションでグランプリに輝いた。

元・北海道立総合研究機構・食品加工研究センター副所長の柳原哲司さん。柳原さんが現在勤める会社アド・ワンの関連会社が育てる珍しい有機JAS認定のルバーブは、空港で販売を開始したPoccoに使用されている(写真:大塚千春、取材はマスクを着用の上行った)
元・北海道立総合研究機構・食品加工研究センター副所長の柳原哲司さん。柳原さんが現在勤める会社アド・ワンの関連会社が育てる珍しい有機JAS認定のルバーブは、空港で販売を開始したPoccoに使用されている(写真:大塚千春、取材はマスクを着用の上行った)
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ビジネスを通じて北海道への「恩返し」を

 Poccoはレアフル製法による果物を用いていないが、萩原さん夫婦は柳原さんから果物や野菜をおいしく加工するための考え方、厳密な衛生管理など、よい商品を作る上での知識を熱心に教えてもらえたという。

 「北海道は、農産物の圧倒的な産地なのに、ただの『原料の供給地』となってしまっている。加工をして付加価値を付けるのは、本州などの消費地。それでは、北海道の生産者は潤いません。レアフル製法の開発も、高い付加価値のある北海道発の加工品を生み出すのが大きな目的でした」と柳原さんは言う。

 Poccoも北海道の会社が道産の原材料に付加価値を加えた商品として、全国に発信する商品だ。柳原さんは「Poccoは、野菜や果物の本来の味を子どもたちが覚えられる商品。特別なものではなく、北海道で当たり前に食べているものが本当においしいということが、この商品を通じて全国の消費者に伝わると良いですよね」と話す。

 萩原さんたちは最近、飲食店や農家などから電子商取引(EC)サイトの立ち上げ方など、相談を持ち掛けられるケースもでてきた。「これまでは、何も分からなかった私たちを、北海道の人たちが一緒になってどうしたらいいかと考えてくれた。だから、同じように一緒にうんうんと考えて恩返しがしたい」と美緒さん。一家の人生の新しい章は、自分たちだけでなく、大好きになった土地の人々の笑顔で彩られていきそうだ。