SF(サイエンス・フィクション)を活用することによって未来のビジョンを創造し、そこから新たな価値創造やイノベーションを生み出す──。最近、注目を集めている「SFプロトタイピング」と呼ぶ手法だ。SF的な発想を活用することにどのような効果や可能性があるのか、そして、まちづくりにも応用することができるのか。書籍『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』(早川書房)の編著者、宮本道人氏と大澤博隆氏に聞いた。

SFプロトタイピングがビジネスの現場やさまざまなコミュニティで活用され、注目を浴びています。現実的な事例から未来を考えるのではなく、なぜフィクションであるSFを利用するのでしょうか。

宮本まず、SFプロトタイピングをごく簡単に説明すると、複数の人数でサイエンス・フィクションを創作していくことで未来のビジョンを考える手法です。日本ではSFというと、荒唐無稽な夢物語みたいなイメージを持つ人が多いかもしれませんが、人類の文明は荒唐無稽とされている発想を実現することで発展してきたとも言えます。

 例えば、ジュール・ヴェルヌが1865年に書いた小説『月世界へ行く』では、人類は砲弾に乗って月に行きます。ほとんどの人はこれを絵空事として捉えていたでしょう。しかし、この作品に影響を受けた科学者たちが後にロケット工学を発展させることになったのです。ロボット、アバター、サイバースペースなどもSFから生まれた単語ですし、スマート・スピーカーのAlexaや電子書籍端末のKindleなども、SF作品がアイデアの根本に影響しています。

宮本道人氏
宮本道人氏

大澤工学はもともとSFとの関連が強い分野です。特にITについては、SFの影響が全くないもののほうが珍しいと言えるのではないでしょうか。

SFから多くの現実が生まれている

アメリカではビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスクなど、著名な実業家でSFからの影響を公言する人も多いですね。

宮本FacebookがMetaに社名を変更したことが話題になりましたが、その由来である仮想空間「メタバース」も、SF作家ニール・スティーブンスンが1992年に発表した『スノウ・クラッシュ』がルーツになっています。この小説の舞台になっているのは、近未来のアメリカ。すでに国家が崩壊し、分散した都市国家が資本家にフランチャイズ経営されているという設定なんですね。この小説はアメリカのシリコンバレーで熱狂的な支持を集めました。「国家が衰退して企業が巨大化して都市国家を運営している」という近未来ビジョンに自分たちを重ねたのかもしれません。それはITベンチャーの起業ブームを後押しし、いくつもの新しい技術、サービスの誕生につながりました。

 一方、日本のビジネスパーソンがこうしたSFが描き出すビジョンに注目することはほとんどありませんでした。むしろ「バカバカしい」と、まともに読むこともなかったのではないでしょうか。しかし現代は、堅実にモノづくりをしていても新しいビジョンがなければ成功しない時代です。テスラの企業価値(時価総額)があっという間にトヨタを超えてしまったのは、その象徴的な例でしょう。日本企業の競争力がどんどん低下しているのは、そうした飛躍したビジョンの力がないからで、そこに人々がようやく気づいたから、SFプロトタイピングが注目を集めるようになったのだと思います。

大澤さまざまな人たちが集まる企業やコミュニティを動かそうとしたら、未来のビジョンをメンバーで共有することが重要になってきます。自分たちがどのような未来をつくりたいのか、それを意識することなく日々の仕事をただこなしているだけだと、総体として自分たちがどこに向かうのかが見えてこない。テスラが強いのはイーロン・マスクが掲げるビジョンが壮大かつ明確で、かつ、それを共有できる体制になっているからということが挙げられます。そうしたビジョンづくりの重要性が、日本でも認識されるようになってきたということでしょう。

大澤博隆氏
大澤博隆氏

まずは「未来の言葉」の造語から

具体的に、SFプロトタイピングはどのように行うものなのでしょうか。

宮本SFプロトタイピングは今、さまざまな試みが実践されているところで、定まった形式があるわけではありません。ケースによって自由に新しい方法論を試せることがポイントなのですが、私たちが実際に提案することが多いワークショップを一つの例として簡単に紹介します。このワークショップの特徴は、SF作家など専門家の手を借りなくてもSF的な思考でビジョンをつくれることです。ワークショップの手順は、おおまかに次のようになります。

(1)「未来の言葉」を造語する
最初の世界観の核となる「ちょっとおかしな未来の言葉」を造語する。「未来にどんなことをやりたいか」といったことを話してもらい、自分の趣味に関連する言葉を組み合わせていくことでつくる。そこから、その造語がどんな意味であるかを考える。

(2)造語を基に未来のイメージを具体化する
造語プロセスで生まれたモノやサービス、制度、概念などを“未来のガジェット”として、未来社会でどのように使われているのか、自分たちがユーザや当事者になったつもりで議論を進めて、具体性を高めていく。同時に造語したものが成立する条件、そこから派生するビジネスを考えながら未来の社会をイメージしていく。

(3)想像したキャラクターを動かす
架空のキャラクターをつくって、未来社会にはどのような人がどのような暮らしをしているのか、自分たちが未来社会の住人になったつもりでセリフを口に出していく。「なぜこのような社会になったのか」「“未来のガジェット”がもたらした良い影響、悪い影響は何か」などを考える。

(4)未来社会の課題を考える
未来社会で人々はどんなことに困ったり、苦しんだりしているのかを考える。それはどのようにしたら救われるのか、“未来のガジェット”がそこに果たす役割は──。起承転結なども考えながら“物語”を構成していく。

宮本このような手順で「未来のストーリー」をつくることによって、未来のビジョンが見えてきます。そして、こうして自分たちで未来像を考えることが、未来をつくるためのヒントや土台になっていくのです。

大澤SFプロトタイピングにはSF作家がストーリーづくりに密接に関わるケースが多いのですが、宮本さんたちが開発したワークショップの手法は、SF作家のような専門家だけでなく、一般の人たちも自分自身のクリエイティビティーを発揮できるところが重要なポイントになっています。

 多くの人は、未来のビジョンやストーリーを考えると言われると「自分にはそんな能力やセンスはない」と尻込みしてしまうのですが、その思い込みがよくないんです。実際にワークショップで造語をつくるところから始めて思考を広げていくと、さまざまなアイデアがどんどん出てきます。この参加者が自分たちで未来のビジョンをつくるプロセスこそ、SFプロトタイピングの最も本質的で面白いところなんです。つまり、未来を単純に予測するのではなく、「自分たちでつくるんだ」というマインドを持てるようになることです。SFプロトタイピングは、そのための訓練法の一つだとも言えます。