2013年にユネスコ無形文化遺産にも登録された、日本人の伝統的な食文化「和食」。その食文化を支える「発酵」は、醤油や味噌、酢といった基礎調味料から日本酒まで、さまざまな醸造(発酵による製造)で活用されている。森林国として良質の木材の供給と加工技術が発達した日本では、醸造の道具や設備において「木」が果たす役割が大きい。ところが、木桶による醸造は年々減り、今や醤油と味噌では生産量の1%未満になっている。このままでは木桶を作る職人がいなくなり、古来、引き継がれてきた「木桶仕込み」の醤油が造られなくなるかもしれない。そこで、香川県・小豆島の醤油メーカーが、100年先を見据えて木桶を守ろうと「木桶職人復活プロジェクト」を立ち上げた。

職人不足で木桶からタンクに切り替える醤油蔵

 瀬戸内海国立公園内にある小豆島は温暖な気候で、硬い岩盤が隆起してできた地形によって地震による影響も少ないことから、江戸時代以前から海運の要衝にもなり、醤油をはじめそうめんや佃煮、オリーブなどの生産が盛んで、いずれも日本有数の生産地となっている。特に小豆島は醤油の醸造所が多く、香川県に70軒以上ある醸造所のうちの20軒くらいが小豆島に集まっている。

壺井栄の小説「二十四の瞳」の舞台にもなった小豆島は日本で19番目の広さを持ち、島を構成する小豆島町と土庄町を合わせて約2万6000人(2020年時点)が暮らす(写真:元田 光一)
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壺井栄の小説「二十四の瞳」の舞台にもなった小豆島は日本で19番目の広さを持つ島で、小豆町と土庄町の二つのまちがあり、約2万6000人(2020年時点)が暮らす(写真:元田 光一)
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壺井栄の小説「二十四の瞳」の舞台にもなった小豆島は日本で19番目の広さを持つ島で、約2万8000人(2017年時点)が暮らす(写真:元田 光一)

 小豆島の醤油といえば木桶仕込みが中心となっていて、全国で4500本くらい使われている木桶のうちの1100本ほどが、小豆島での醤油の醸造に使われている。発酵に使われる乳酸菌や酵母菌にはいろいろな種類があり、蔵ごとに菌の生態系が異なる。それが個性となって、各蔵独自の味や香りを造り出している。

醤油を搾る工程で出る「もろみ」の影響で瓦が真っ黒になった醤油蔵(写真:元田 光一)
醤油を搾る工程で出る「もろみ」の影響で瓦が真っ黒になった醤油蔵(写真:元田 光一)
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蔵ごとに、こうしたさまざまな味や風味の醤油が造られている(写真:元田 光一)
蔵ごとに、こうしたさまざまな味や風味の醤油が造られている(写真:元田 光一)
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 昔はどの発酵食品も木桶で醸造していたが、一番塩分があって木が腐らない醤油の木桶がもっとも多く残っているという。本来、木桶は100年から150年くらいもつそうだが、突然壊れてしまうことがある。一度壊れた木桶は修理ができないので、これまでは木桶職人に頼んで新しく作ってもらっていた。ところが、現在、木桶職人の後継ぎがほとんどいなくなってきたことから、これまで木桶を使ってきた醤油メーカーのほとんどは、壊れる前に木桶の使用をやめてステンレスやFRPなどで作られたタンクに切り替えているという。

子や孫の代まで木桶仕込みの醤油を残したい

 そうしたなか、日本の醸造に使われている木桶の4分の1が、小豆島で使われている。「木桶仕込みこそが本物の日本食の基礎調味料であり、子や孫の世代にも残したい」との思いから、小豆島ですべての醤油を木桶で醸造しているヤマロク醤油の5代目として代表取締役を務める山本康夫氏が立ち上がった。

(写真:元田 光一)
(写真:元田 光一)

 山本氏が実家のヤマロク醤油を継ぐことになった20年前には、34本の木桶があった。その後、木桶が足りなくなってきたので2009年に新しい木桶を7本発注したが、そのときに木桶職人から「醤油蔵からの発注は戦後初」といわれたという。

 「当時、その職人さんにも後継ぎがいたようですが、その後、後を継ぐことを諦めたと聞きました。木桶は100年以上もつので、新しく作った木桶は自分が生きている間は使えます。でも、今木桶作りが途絶えると、100年後には木桶仕込みの醤油が絶滅してしまいます。子や孫、そしてひ孫の世代まで木桶仕込みの醤油を残すには、自分たちで木桶を作るしかないと思い、大阪の堺にある木桶の製造所に同級生の大工と一緒に行って、木桶作りを習うことにしました」(山本氏)

乳酸菌や酵母菌といった醤油造りに欠かせない菌がびっしりと付いている木桶が、現在ヤマロク醤油には87本ある(写真:元田 光一)
乳酸菌や酵母菌といった醤油造りに欠かせない菌がびっしりと付いている木桶が、現在ヤマロク醤油には87本ある(写真:元田 光一)
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発酵した醤油は、熟成の度合いに応じて色が濃くなっていく(写真:元田 光一)
発酵した醤油は、熟成の度合いに応じて色が濃くなっていく(写真:元田 光一)
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木桶で造ると蔵ごとに菌の生態系が違ってくる。ヤマロク醤油には、江戸時代に建てられ改装されてきた登録無形文化財になっている蔵もある(写真:元田 光一)
木桶で造ると蔵ごとに菌の生態系が違ってくる。ヤマロク醤油には、江戸時代に建てられ改装されてきた登録無形文化財になっている蔵もある(写真:元田 光一)
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