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AIに文章を書かせてはいけない理由(後)

2019/09/19

Mike Elgan Computerworld

 機械の文章力が高まりつつある。人間が書き始めた文の続きを機械が提示してくれる。メールの返信を機械が考えてくれる。ニュース記事や小説をも機械が書いてくれる。だが、機械が文章を書けるからといって、機械に書かせたほうがよいとは限らない。

前回から続く)

ここが問題

Credit: Thinkstock

 文章を書くという行為は、単に書くことだけではない。AIに執筆を任せる最大の問題はそこだ。書くというのは読み書きの能力を構成する要素の1つである。読み書きの能力には、読む・書く・考えるといった要素がある。

 書くという行為には、推敲が必然的に含まれる。推敲を通じて、考えがはっきりする。人間は考える。人間は考えたことを書く。そして、自分が書いたものを読んで、自分の考えの足りないところに気づく。あるいは少なくとも、考えの表現方法の足りないところに気づく。そして、自分の考えを明瞭かつ正確に余すところなく表現できるまで書き直す。人間の分析力、創造力、判断力、そして生活と仕事を前進させていく力の根底には、こうした営みがある。

 読み書きの能力と思考はつながっている。ジョージ・オーウェルの小説「1984年」に出てきた「ニュースピーク」の発想はそこが狙いだった。作中の全体主義国家は、言語に制約を課すことで、国民が複雑な思考をできないようにした。国民を制圧し弱体化するために、思考の範囲を狭めることがニュースピークの目的だった。

 たとえビジネスメールであろうとも、書くという行為では、自分の考えを文字にして向き合うことを強いられる。その結果、明晰な思考能力が養われる。

 また、書くという行為は、論理的でまとまった話をする力の土台にもなる。文章が上手な人は、話も上手なことが多い。

 書くことは記憶の支えにもなる。AI任せのコミュニケーションでは、たとえ選択肢の中から選んだとしても、自分が何を伝えたのか忘れやすくなる。

 さらに肝心なのは、書く力は使わなければ衰えることだ。AI任せでは、人間の書く力が徐々に失われていく恐れがある。

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