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AIに文章を書かせてはいけない理由(後)

2019/09/19

Mike Elgan Computerworld

 執筆ツールに文章を書かせていたら、人間の読み書きの能力は衰える。批判的思考や分析的思考に基づく判断ではなく、表面的な印象に基づく判断を下すようになる。

 この重要な能力には、既に包囲網が敷かれている。絵文字の類いを使う慣習だ。単語の代わりに絵を使い、具体的な考えではなくぼんやりした印象を伝える。それゆえ、具体的な思考を展開する必要がそもそもない。SMSの略語、オートコレクト、絵文字と、我々は白痴化社会に向かいつつある。ビジネス文を書いてくれるAIは、そのプロフェッショナル版だ。

 読み書きの能力と人間のあり方との関係には幅がある。

 一方の端に位置するのは、よりよい思考とコミュニケーションのための言語と読み書き能力を持つ、完全体の人間だ。もう一方の端に位置するのは、人間の度合いが低い「エコーボーグ」だ。AIに与えてもらった言葉を、頭を使わずにそのまま発しているだけの人である。

 我々は、優れているほうの端に進むことを目指すべきであろう。

 最近は、AIの脅威がさかんに吹聴されている。AIが人間の仕事を奪い、最終的にAIは人間に用がなくなって、人間をペットとして飼うだけになるといった話である。こうしたAIテクノロジーパニックの根底にあるのは、機械は頭が良くなっていく一方だという認識だ。だが、それ以上に心配すべきは、AIによって人間の頭がどんどん悪くなっていくことである。

 AIにとって、人間の頭を悪くする方法として最も効率がよいのは、書くという行為を人間から奪うことだ。人間の批判的思考力や創造力は衰える。人間の頭は鈍くなる。人間が退屈な存在になりすぎて、機械のほうも、人間をペットとして置いておきたいとすら思わなくなるかもしれない。

 AIの影響で人間がみな余剰人員になることを心配している人は、今日から毎日できることがある。自分が発する言葉をAIに考えさせないことだ。あらゆる形態の自動執筆を拒否する。ものを書く時は自分で書く。自分で考える。

 危険なのは、機械の頭が良くなっていくことではない。人間の頭が悪くなっていくことである。

(了)

翻訳:内山卓則=ニューズフロント
記事原文(英語)はこちら

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