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コンピューターサイエンスの学位を無視すべき10の理由(下)

2018/08/31

CIO

終身在職権が現状維持を育む

 終身在職権(テニュア)という制度には、素晴らしい存在意義が数多くある。終身在職権で立場が守られている教授のほとんどは、その恩恵の数々に完全に値するだけの功績を、はるか昔に残している。問題は、動きが速い分野の場合、わずか10年ほど前の見識ですら、現在の学生にはほとんど用がないという点だ。終身在職権を得た教授の多くは、最も素晴らしい見識を有していた頃から、10年、20年、30年という年月が確実に経過している。

 また、そうした教授が、別の関心事に興味を奪われる場合もある。終身在職権を得た天才の1人は、ポーカーのさまざまなトーナメントや、みじめな敗退についてのブログ記事ばかりを、ひたすら投稿しているようだ。また別の人は、マイナーリーグの野球チームに出資し、選手と交流したことや、バッティング練習で選手が打ったボールを捕球したことを自慢している。

知性偏重はめったに結果を生まない

 筆者は、自分が担当した学生の1人がAngularやReactに関する何回かの講義のおかげで職に就いたということを、終身在職権を持つある教員に話したことがある。すると、この人はほほ笑んでこう言った。「私が絶対にしたくないのは、この学校を職業訓練校にすることだ」

 それは結構なことだが、多項式や指数の天使が針の上で踊れるかどうかという思索をするために50万ドル近くを投じることを正当化できる人はあまり多くはない。リベラルアーツの伝統は素晴らしいものだが、実用的知識に対する軽蔑を促す。深遠なる不変の真理こそが重要という考え方だ。しかし会社勤めの身になって、納期が来週に迫っている時には、独りよがりの内省にふけったり、不変の真理について思いを巡らせたりしている時間はない。

(了)

翻訳:内山卓則=ニューズフロント
記事原文(英語)はこちら

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