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モバイルの未来を考える正しい問いの立て方は(後)

2017/11/02

Thornton May Computerworld

 実地データによると、ユーザーの中には、この強力なデバイスを適切に管理していない人々もいる。米国では1年の間にスマートフォンの約5%が紛失している。その価値は金額にして約300億ドル分に相当する。

 米国の作家で博物学者でもあったHenry David Thoreau氏の言葉に、「人間は自ら作った道具の道具になってしまった」というのがある。人類学者や未来学者、そして最近ではメンタルヘルス専門家らが議論しているのは、デジタルデバイスがどの程度までデジタル奴隷やデジタルエンゲージメントの道具になったかだ。Kevin Roberts氏は、著書「Cyber Junkie and Escape the Gaming and Internet Trap」の中で、サイバー中毒について言及している。

 デジタルツールの強力さや値段の手ごろさが高まるペースに比べると、安全で生産的な使い方についての指針を作成するペースはまったく追いついていない。人間が道具を支配するのか、道具が人間を支配するのか、どちらだろうか。

モバイルの未来

 モバイルの未来を考察する問いは、次期スマートフォンに搭載される機能や特徴についての問いよりもずっと大きい。今後のモバイルは、画面サイズや具体的なテクノロジースタックではなく、考え方の枠組みである。モバイルはどこにでもあり、すべての「ウエア」(ハードウエア、ソフトウエア、ウェットウエア)に関係する。

 筆者が好きなSF小説の1つが、David Brin氏の「Kiln People」(2002年)だ。実に面白い探偵小説で、未来像について1つの見方が示されている。この話の世界では、私やあなたのような生身の人間は、自分の複製を簡単に作成できる。複製は用途ごとに色分けされており、それを外で行動させて(すなわちモバイルだ)、日常生活を送らせることができる。これにより、「原型」である生身の人間は雑事から解放され、人間としての完全な可能性(それが何かはさておき)の実現を目指すことができる。そのような未来は起こり得るだろうか。

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