完全自動運転車を社会に実装するには、多様な先進技術が求められる。AI(人工知能)技術を用いた自動運転ソフト、ディープラーニング向けの車載コンピューター、周辺認識のための車載センサー、センサーデータから周辺物の形状や周辺物までの距離を測定する画像/情報処理ソフト、正確な自車位置推定に欠かせない高精細な3次元デジタル地図などである。今、さまざまな分野の技術系企業がその実現に向けて多額の投資を続けている。

 ただし、この多額の投資に見合うだけの新たな売上の作り方、つまりビジネスモデルは見えていない。大型トラックに続き、乗用車向け自動ブレーキの基準策定/義務化の動きが具体化しつつあることを考えると、自動運転技術の多くは将来的に義務化の方向に向かうだろう。問題は、自動運転技術が交通事故削減に貢献できることが証明されたとしても、今の車両価格を大幅に値上げすればユーザーの支持は得られないであろうことだ。

 そうしたなか、オンデマンド配車サービスに代表される新ビジネスを立ち上げて新たな収益源を育てようという動きが自動車産業全体に広まっている。新ビジネスの鍵を握るのは、自動車に通信機能を持たせてIoT(モノのインターネット)化する「コネクテッド」だ。コネクテッドカーならではの魅力あるオンラインサービスを開発できれば、車両販売とは別の事業売上を作れることに加え、ICT(情報通信技術)の世界で一般化している月々あるいは利用見合いで課金する「サブスクリプションモデル」を主流にできるかもしれない。そうなれば、新車販売に頼る「物販モデル」からの脱却も見えてくる。

 PwCコンサルティングの戦略コンサルティング部門であるStrategy&は、2013年から自動運転時代を踏まえた将来の自動車産業の動向を分析する調査レポート「コネクテッドカーレポート」を毎年発行している。自動車業界における戦略コンサルティングの豊富な経験を持ち、同レポート日本語版の監訳を担当したPwCコンサルティング Strategy&の白石章二パートナーと北川友彦ディレクターに、自動運転とコネクテッドという新たな投資要求に直面する自動車産業の行方を聞いた。


――最新版(2016年版)の調査レポートで、2030年の自動車産業全体の売上が2015年の約1.5倍になるものの、自動車販売の売上と収益の伸びは産業全体の伸び率を下回ると予測・分析した(図)。自動車メーカーと自動車部品サプライヤーは自動運転やコネクテッド向けに多大な投資を迫られているものの、開発投資に見合うだけの売上拡大シナリオを描けていないということなのか。

(図)2015~2030年の自動車産業における価値の移行(出所:PwC Strategy& 「コネクテッドカーレポート2016」)


白石 自動運転にしても、コネクテッドにしても、自動車メーカーは研究開発と実用化に向けて積極的に取り組んでいる。自動運転開発の第一の目的は「安全性の確保」。この考えは新しいものではなく、これまでもそうした研究開発に投資を続けてきた。安全性を高めるために、これからも運転支援のインテリジェント化は継続的に進めていくだろう。ただ、これらの開発投資をどのように回収していくのかについては、自動車メーカーもまだ判断がつかないようだ。

自動車メーカーの中には「まずは自らの手で全部を手がけてやってみないと、クルマ全体の姿が見えてこない」という考えのところもある。すべてが分かれば、自前で取り組むべきことと外部に任せてもいいところが判断でき、コストカットの手法や新しいビジネスの姿も見通せるようになるというわけだ。このような考えを持っていて、自動運転とコネクテッドは自動車の将来を見通す上で欠かせない重要な技術であると判断したなら、その実現に向けた開発投資は惜しまないだろう。


――安全を確保するための機構は、本来、すべての自動車が装備すべきものと言える。エアバッグが広く普及したように、今後は自動ブレーキなどのADAS(先進運転支援システム)機能の義務化も求められることになりそうだ。となると、安全機構の「安全性の高さ」を売りに、大きな価格差を設けるのは難しいのではないだろうか。


白石 ADASや自動運転機構を装備したからといって、販売価格を大幅に引き上げるのは難しいだろう。ユーザーが納得できる価格帯にしなければクルマは売れないからだ。その点、コネクテッドの方はサービスの作り方に幅を持たせやすい。他の技術やサービスをコネクテッドと組み合わせることで新しい価値を作り、さまざまな事業分野で新市場を開拓できる可能性は十分にある。

スマホに食われるテレマティクスサービス


――自動車メーカーのコネクテッドカーの開発は数年前から始まっている。ビジネスも始まっているが、順調に推移しているのか。

PwCコンサルティング Strategy&の白石章二パートナー


白石 自動車メーカーの多くは、コネクテッドカーの実現に意欲的だ。特に先進国向けの高級車種はその傾向が強い。自動車の販売単価を発展途上国向けより高くできるため、コストを吸収しやすいからだ。そしてコストを抑えるために、できるだけ多くの自動車にTCU(テレマティクスコントロールユニット;通信機能を備える車載装置)などの通信機構を搭載して、TCUや通信用ソフトの開発/調達/実装コストを下げようとしている。

もっとも、コネクテッドカーにしたからといって、すぐに販売価格を高くすることはできない。コネクテッドカーを対象とした新たなビジネスで収益を上げるという構想はあるものの、それほど簡単ではないのが実情だ。


――自動車産業は「物販モデル」から「サブスクリプションモデル」への構造改革を急いでいて、その基盤となるのがコネクテッドカーではないのだろうか。例えば米ゼネラル・モーターズ(GM)は、1996年から子会社を通じてOnStarという名称のテレマティクスサービスを提供しており、その提供地域を世界に広げ、多くの顧客を獲得していると聞く。また、2016年には米フォード・モーターと独フォルクスワーゲンがモビリティーサービスの専門会社を設立し、同サービスに乗り出すことを宣言した。


白石 確かに、2016年までならその分析は当たっている。我々もそう考えていた。実際、コネクテッドカーの先駆けといえるGMのOnStarは月々いくらというサブスクリプションモデルで提供されており、顧客数を拡大してきた。

ところが、ここにきて状況が変わりつつあるようだ。我々の調査で、大手テレマティクスサービスの加入者が減少していることが分かったからだ。我々はその原因を「テレマティクスサービスの加入者がスマートフォン(スマホ)のサービスに乗り換えたため」と分析している。

「コネクテッドカーとしてのサービスなら、単純なものであっても多くの顧客が受け入れてくれる」と考えてはいけない。スマホを筆頭に、通信できる端末は既にたくさんある。単純でもうかる通信サービスがあるなら、それはすでに誰かがやっているはずだ。自動車そのものがつながっているからこそ価値の出るサービスでなければ、スマホには勝てない。


――それではコネクテッドの価値はどこにあるのか。


白石 自動車の所有者(カーオーナー)の資産価値を高められることだ。デジタル技術は資産効率を上げることに向いている。例えば、ライドシェアなどの手法で自分が所有しているクルマを第三者に貸し出すことができれば、それがお金を生む。このような場面ではコネクテッドがポイントになる。ドアの鍵をデジタル化し、暗号化して送信すれば安全に第三者に手渡せる。デジタル鍵に有効期限を設ければ、クルマを時間貸しすることができるようになる。

自動車メーカーはコネクテッド化することでカーオーナーからお金をもらおうと考えがちだが、発想を変えるべきだ。不動産事業のように、オーナーの資産価値を高めることを重視し、コネクテッドで新たな資産価値を作れるようにする。これができれば、その資産形成のための手数料ビジネスが現実味を帯びてくる。