「完全自動運転」の時代が到来すると、交通事故が激減して損害保険で最大のウェイトを占める自動車保険の価値がなくなり、損保の売り上げが減少するという指摘がある。ただし、世の中のほとんどの自動車が完全自動運転車になるには相当時間がかかりそうだ。

自動運転車の試作車の例(写真:日産自動車)

日本全体の自動車総数は約8000万台、過去5年間の国内新車販売台数は年間470万~570万台で推移している。日本全体の自動車が完全自動運転車に置き換わるには、完全自動運転車が発売されてから少なくとも15年程度はかかる計算になる。一般自動車に自動運転機能を組み込む追加機構が登場する可能性はあるものの、これからしばらくは自動運転車と一般自動車が混在・共存することになる。

自動運転車は交通事故の発生頻度を引き下げる効果が期待できる。しかし、その仕組みを実現するために新たな機能・機構を多数備えることになるため、新たな故障リスクも生まれる。高額の電子部品を多数搭載するため、器物損傷時の被害額が大きくなりかねないという懸念もある。

加えて、自動運転車と一般自動車が共存することに伴う新たなリスクも生じるだろう。これらを考えると、自動車事故に備える損害保険の有用性は、しばらくは変わらないのかもしれない。

まずは実証実験向け保険でスタート

2016年8月現在、国内の損保会社は一般個人を対象とした自動運転車向けの自動車保険を提供していない。ただ、準備は進めている。その象徴ともいえる商品が、「自動走行の公道実証実験」でのリスクを補償する保険商品だ。

2015年12月に三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険が共同発表したのを皮切りに、2016年3月には東京海上日動火災保険が、2016年6月には損害保険ジャパン日本興亜がそれぞれ商品提供を発表している。各社とも専用保険を提供するほか、実証実験の安全性を高めるためのコンサルティングサービスも提供する。

実証実験向け商品の開発目的は大きく二つある。第一は、国が目指す「世界一安全で円滑な道路交通社会」の実現を保険事業の立場から後押しすること。損保各社は、この目標を掲げた「官民ITS構想・ロードマップ2016」(2016年5月策定)の内容を踏まえ、ロードマップに記された自動走行システムの公道における実証実験を想定して保険商品を開発している。

「自動運転車が実用化されることは、高齢者など移動弱者を支援することにつながる。国が積極的に取り組んでいることでもあり、我々の立場でできることをしていきたい」(三井住友海上火災保険 自動車保険部商品企画チーム兼商品本部次世代開発推進チームの坂下秀行課長)

自動走行の公道における実証実験の実施に当たっては、警察庁からもガイドラインが出ている。2016年5月に公開された「自動走行システムに関する公道実証実験のためのガイドライン」がそれだ。

この中に「実施主体は、自動車損害賠償責任保険に加え、任意保険に加入するなどして、適切な賠償能力を確保するべきである」との記述がある。実証実験の実施主体は、保険加入を求められているのだ。「大学やベンチャー企業など、予算面で制約の多い研究機関の活動を支援するために商品化した。自動運転の実証実験はコストがかかる。しかも機器が高額なので事故が起こったときの経済的損失は大きい。実証実験向けの保険があれば経済的な負担を小さくできる」(東京海上日動火災保険 営業企画部マーケティング室グローバルマーケティンググループ担当課長の沓沢一晃氏)。

第二の目的は、将来の自動運転時代に即した保険商品を開発するためのノウハウを蓄積することだ。自動運転車は、カメラ、GPS(全地球測位システム)、各種センサーのほか、各種の制御用マイコンを多数備える高度で複雑なIT(情報技術)システムである。

搭載する要素技術・部品が増えれば、それだけリスクも増える。システムを構成する個々の電子部品の破損や機能障害、処理連携エラーが事故の原因になりかねないからだ。しかも、それらのリスクがどの程度の確率で発生するのか、そしてどの程度の損失に結びつくのかといった保険設計に欠かせない基礎データもない。

一般の自動車と自動運転車が共存することで生じる新たなリスクも考えられる。信号のある交差点を通過するとき、今はドライバーが周りの状況を総合的に把握して通過するかどうかを判断しているが、自動運転車とドライバーの間で状況判断に齟齬(そご)が出れば追突事故が起こりかねない。また、オーバーライド(自動運転モードから手動操作へ切り替えること)処理時の不具合や操作ミスというリスクもこれまでになかったものだ。

「今後どういう保険が必要になるのかという研究も兼ねて実証実験の保険を提供している。どういうところにリスクがあるのか、どういう保険が望まれているのかなども探っていきたい」(三井住友海上火災保険の坂下氏)

損保会社が公道実証実験に参加する動きもある。例えば東京海上日動火災保険は、金沢大学と石川県珠洲市による自動走行システム実証実験プロジェクトや名古屋大学と愛知県による自動車安全技術プロジェクトに参加している。「事故原因の究明にあたってどのようなデータを集めればいいのか、どのようにすれば正確な事故状況の把握や再現ができるのか、などを調べたい。実証実験向け保険も、実験参加に向けた議論を重ねる中で必要性が明確になって商品化したという経緯がある」(東京海上日動火災保険の沓沢氏)。

複数保険を組み合わせリスクをカバー

実証実験向け保険の内容はどのようなものか。三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険の実証実験向け保険「自動走行実証実験総合補償プラン」を例に見ていこう。

両社はロードマップ2016の策定を受け、商品内容を2016年6月に拡充している。主な強化点は、ロードマップ2016で追加された完全自動運転車を遠隔から管理・制御しながら移動サービスを提供するような自動走行システム向けの内容を追加したこと。

この遠隔から管理・制御する自動走行システムで実現する形態を含む「自動運転移動サービス」と、高速道路での「準自動パイロット」については、ロードマップ2016の中で特に中心的な役割が期待される自動走行システムと明記しており、実証実験の早期実施が予想されている(表1)。

表1 官民ITS構想・ロードマップ2016に「特に中心的な役割が期待される」と記された二つの自動走行システム(官民ITS構想・ロードマップ2016の内容を基に作成)

実証実験向け保険が通常の自動車保険と異なっているのは、これまでの自動車保険では対象としていなかったリスクや賠償責任主体も対象にしていることにある(表2)。

表2 自動走行実証実験総合補償プランが対象とするリスク(三井住友海上火災保険の資料を基に作成)

自動運転車の機器不良やサイバー攻撃などのリスクは、その責任をドライバーに求めることはできない。これらの新しいリスクに対応するために、PL保険や専用の賠償責任保険、機械保険などを自動車保険/自賠責保険に組み合わせてリスク全体をカバーする。「自動車保険の内容はこれまでと変わらないが、新種保険を組み合わせることで新しいリスクに対応できるようにした」(三井住友海上火災保険の坂下氏)。