自動運転の未来を考えるとき、避けて通れないテーマに「法制度」がある。現在の法制度はすべて「公道を走る自動車は人間がドライバーとして乗車して制御すること」が前提となっている。“ドライバーレス”の自動運転車にかかわる事故責任や、自動運転車が起こした事故被害者の救済を確実にするためのセーフティネットのあり方は、法制度をどう作り直すのかという議論から始めなければならない。今後の自動運転社会を受け入れるために法制度の観点から考慮すべき課題や問題点について、ロボット/AI(人工知能)関連の技術と事業に詳しく、いくつもの政府機関/研究機関の委員やオブザーバーを務める花水木法律事務所の小林正啓弁護士に聞いた。

――今の法制度のままでは自動運転社会を迎えることができないと聞く。問題点を整理してほしい。

(写真)花水木法律事務所の小林正啓弁護士

小林 自動運転にかかわってくる主要な法律としては、警察庁が所管する「道路交通法(道交法)」と自動車保険制度の根幹となっている「自動車損害賠償保障法(自賠法)」がある。どちらの法律も無人の自動運転車を想定していない。たとえば、ドライバーがいない状態で公道を走ると、道交法違反になってしまう。無人の自動運転車を実用化するには、まずはドライバーレスの完全自動運転車を認める法制度への大改正が必要となる。

自動運転といっても、「加速・操舵・制動のいずれかの操作をシステムが行う」レベル1から、「加速・操舵・制動のすべてをシステムが行い、ドライバーが全く関与しない」レベル4まで、4段階あるとされている。このうち、ドライバーが常時運転を制御するレベル2までは、現行道交法でもおおむね対応可能とされている。

これに対して、「加速・操舵・制動をすべてシステムが行い、システムが要請したときのみドライバーが対応する」レベル3は、現行道交法下では、ドライバーの安全運転義務違反となる。だからレベル3と4の自動運転車については、道路交通法の改正を待たなければならない。

――法的責任の観点で見ると、レベル3はシステム(自動車)が制御しているときと、ドライバーが制御しているときが存在する。切り分けが難しいのではないか。

レベル3は、平時の運転はすべて自動車が行い、人間は非常時に備えて待機する状態の自動運転のことだ。レベル3の運転時の事故はレベル4と同じ扱いになり、非常時に自動車の制御を人間に委ねた後はレベル2以下と同じになる。このため、レベル3固有の問題は、システム側から人間側へ制御の権限を委譲している状況で起こることになる。

重要なポイントは、この権限委譲を確実かつ明確に行えるような技術を確立することだ。たとえば、権限委譲までの時間をカウントダウンするなどの仕組みが必要になるだろう。その時間は、一説には10秒程度といわれている。もっとも、10秒経過した後に事故が起こったとしても、ドライバーにすべての責任を負わせることはできない。ドライバーが完全に運転を掌握するまでの間は、「路肩に停車する」などの安全措置をシステム側が取る必要があるし、それまでの間に起こった事故の責任は、システム側も負うことになるだろう。

――完全自動運転では、「道交法の遵守」の達成をどう実現するのか、どう証明していくのかという部分が気になる。

道交法はドライバーに数多くの義務を課している。たとえば道交法第七条は、「道路を通行する歩行者又は車両等は、信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等に従わなければならない」と定めている。そして、道路交通法施行令で青、黄、赤のそれぞれの意味を決めている(表)。

信号の種類 信号の意味
青色の灯火 一 歩行者は、進行することができること
二 自動車、原動機付自転車(右折につき原動機付自転車が法第三十四条第五項本文の規定によることとされる交差点を通行する原動機付自転車(以下この表において「多通行帯道路等通行原動機付自転車」という。)を除く。)、トロリーバス及び路面電車は、直進し、左折し、又は右折することができること、
三 多通行帯道路等通行原動機付自転車及び軽車両は、直進(右折しようとして右折する地点まで直進し、その地点において右折することを含む。青色の灯火の矢印の項を除き、以下この条において同じ。)をし、又は左折することができること。
黄色の灯火 一 歩行者は、道路の横断を始めてはならず、また、道路を横断している歩行者は、すみやかに、その横断を終わるか、又は横断をやめて引き返さなければならないこと。
二 車両及び路面電車(以下この表において「車両等」という。)は、停止位置をこえて進行してはならないこと。ただし、黄色の灯火の信号が表示された時において当該停止位置に接近しているため安全に停止することができない場合を除く。
赤色の灯火 一 歩行者は、道路を横断してはならないこと。
二 車両等は、停止位置を越えて進行してはならないこと。
三 交差点において既に左折している車両等は、そのまま進行することができること。
四 交差点において既に右折している車両等(多通行帯道路等通行原動機付自転車及び軽車両は除く。)は、そのまま進行することができること。この場合において、当該車両等は、青色の灯火により進行することができることとされている車両等の進行を妨害してはならない。
五 交差点において既に右折している多通行帯道路等通行原動機付自転車及び軽車両は、その右折している地点において停止しなければならないこと。
(表)道路交通法施行令で決められている「信号の意味」。道路交通法施行令の第二条の一部より抜粋

それぞれの色の意味するところには、あいまいな部分がある。たとえば、黄信号の場合、「当該停止位置に近接しているため安全に停止することができない」ときには進行が認められているが、その判断方法を人工知能にどう実装すればよいのか。赤信号時は「すでに左折/右折している」ときはそのまま進行できると定められているが、交差点のどの部分まで進入していれば進行してよいのかを適切に判断できる人工知能を開発・実装しなければならない。

信号の注視義務の遵守も簡単ではない。道交法は人間のドライバーに対して、信号機の目視を求めている。ただし実際の環境では、たとえば直前に大型トラックがいて信号機が見えない状態で待っているようなときは、大型トラックが動き出した段階で(信号機を目視せずに)信号が変わったと判断して動き出すだろう。

このような例を考えると、道交法を厳しく遵守すれば問題ないとも言い切れないことがわかる。たとえば「青信号を目視しない限り、進んではならない」という厳格なプログラムを搭載した自動運転車は、周りの円滑な通行を乱し、事故を誘発しかねない。

――信号機の注視義務に関して、自動運転車ならではの解決策はないのか。

一つの解決方法として、信号機の表示色を電波で送信することが考えられる。いわゆる路車間通信(道路標識等のインフラ設備から自動車に情報伝達して安全運転を支援するシステム)の活用だ。ただ、路車間通信の実現に当たっては、国際的な取り決めが必要になる。信号の色と意味がジュネーブ条約で決まっているように、路車間通信の決まり事も世界共通でなければならない。地域別の仕様になると安全が脅かされるし、自動運転車の輸出が困難になる。

いずれにしても、事故を起こさないようにするには、杓子定規に道交法を守るのではなく、道交法を遵守しながらも周囲に合わせて制御する「いいかげんなAI」が求められるだろう。