インバウンド相手に夜遊び経済を活性化

一方、ビル内部には、8スクリーンの映画館、約850席規模の劇場、最大約1500人収容可能なライブホールを用意する(図4)。劇場やライブホールに関しては東急電鉄ら事業者に運営経験がないため、コンテンツ開発やホール運営にノウハウを持つソニーミュージックグループと新会社を立ち上げ、そこで企画・運営を進めていく方針だ。

(図4)複合エンターテインメント施設のイメージ。多くの利用者が限られた時間内で上下に移動することになるため、建築上も運営上も動線処理が課題になるという(資料:東急電鉄)

これらの施設でターゲットにすえるのはもはや、日本人だけではない。急速に伸びているインバウンドの需要も見込む。

東京都「国別外国人旅行者行動特性調査」(2017年)によれば、東京を訪れた外国人観光客の半数以上が「新宿・大久保」を訪れたという。例年、訪問した場所のランキングでは、「銀座」や「浅草」を押さえてトップに立つ。

その「新宿・大久保」エリアの真ん中に位置するのが、歌舞伎町である。いまや、個人客から団体客まで外国人観光客でにぎわう街。その象徴が、新宿コマ劇場跡地に2015年4月に開業した新宿東宝ビルの核テナント、ホテルグレイスリー新宿(客室数970)だ。

「東洋一の繁華街」とも言われながら、この街には外国人観光客が宿泊するような規模の大きなホテルが極端に少なかった。この一帯に唯一そびえていたのが、最寄り駅である西武新宿線西武新宿駅の上に伸びる新宿プリンスホテル(客室数571)である。

そこにホテルグレイスリー新宿が加わり、さらにその約半年後には近くに、アパホテル<新宿歌舞伎町タワー>(客室数620)が開業。歌舞伎町の一角にそびえるこの2棟だけで、新宿プリンスホテルの3倍近くもの客室を提供できる環境が整った。約4年後にはさらにそこに、約3万3000㎡規模のホテルが、複合ビルの開発によって加わる。

観光客が増えれば、滞在中の夜をどこでどう過ごすかという点が問われてくる。観光客に魅力的なコンテンツを提供できれば、その消費を促すことにもつながる。いわゆる「ナイトタイムエコノミー(夜遊び経済)」の活性化だ(写真3)。

(写真3)歌舞伎町への来街者は夜になるとがぜん多くなる。車両の進入が禁止されているため、道路いっぱいに人があふれ、それがまたにぎわいを生む(写真:茂木俊輔)

不夜城とも言われる歌舞伎町にとってはむしろ得意な時間帯。成功例に挙げられるコンテンツが2つある。一つは、外国人観光客の間で話題を呼んでいる「ロボットレストラン」。ショーを楽しめるアミューズメントレストランだ。もう一つは、古くは文化人にも愛された飲食店街「新宿ゴールデン街」である。

タイムズ・スクエア目指す都市観光拠点

複合ビルで提供するコンテンツに関しては、具体の内容は検討中ながら、「ナイトタイムエコノミー」という視点は強く意識する。田島氏は「いまは『ロボットレストラン』くらいしか分かりやすいコンテンツがない。劇場やライブホールを活用し充実したナイトライフを過ごせるようなコンテンツを提供していきたい」と意欲を見せる。

リソースには事欠かない。地元には多様な分野で活動する多彩なアーティストが数多いという。「発表の舞台を用意して文化のつながりをつくれたらいいと思う。グローバルポップカルチャーのステージを提供していきたい」(田島氏)。

目指すは、都市観光拠点である。田島氏は一つのモデルとして、米ニューヨークの繁華街、タイムズ・スクエアを挙げる。

東京大学大学院准教授の中島直人氏らの論文「ニューヨーク市タイムズ・スクエアの広場化プロセス」(2016年7月)によれば、この一帯は20世紀の初めにブロードウェイ・ミュージカルの本場として劇場街が形成され、人々でにぎわっていた。ところが1970~80年代になると、治安が悪化し、人々が近寄り難いまちになっていったという。

そのまちが、地元エリアマネジメント団体の活動などを契機に観光の中心地として再生を果たすのである。1990年代後半からは歩行環境の改善に向けた検討も重ねられ、2010年2月には当時の市長が道路空間の恒久広場化を宣言するに至っている。

田島氏は「治安が悪化した過去を持つ点や地元にエリアマネジメント団体がある点など、タイムズ・スクエアとの共通点は少なくない。その歴史を振り返ると、観光をテーマに再生を図るという方向性が間違っていないと分かる」と解説する。

都市観光拠点としては、羽田空港や成田空港との間の行き来やまちなかの歩きやすさにも気を配る。

新宿エリアにはいま、空港連絡バスの乗降場はあるもののその場所はJRの線路を挟んで反対に位置する西口や南口が中心。歌舞伎町周辺にはほとんどないのが実情だ。東急電鉄ら事業者は地元要望を受け、複合ビルの1階にバス2台が停車可能な乗降場を整備するなど、空港と歌舞伎町を直結する空港連絡バスルートの確保に努める。

歩きやすさに関しては幸い、ほかの繁華街に比べ優れた点がある。平日や土曜日は16時以降、日曜日や祝日は12時以降、翌朝5時まで、車両の通行を禁じているのである。

デべ不在に危機感抱くもまだ伸びる新宿

歌舞伎町タウン・マネージメント代表の杉山元茂氏は「対象は歌舞伎町一帯約800m四方のエリア。歩行者が車道にあふれるくらい多かった30年ほど前、安全を確保する観点から地元が警察に申し入れ、実現した」と振り返る。

さらに複合ビルの開発に併せて、東急電鉄ら事業者は計画地の脇を通る西武新宿駅前通りのリニューアルに乗り出す。この通りは新宿駅東口と大久保エリアとの間を結ぶもので、観光ルートの一つ。現在は、地元権利者らがワークショップを重ね、リニューアル計画案をまとめた段階だ。事業者は今後、その実現に向けて計画を固めていく。

多くの外国人観光客が訪れ、まちなかを歩き回り、歌舞伎町を都市観光拠点として楽しむ――。目指す姿は、そこにある。「その実現のためにも、歌舞伎町には文化の多様性や厚みがあり、楽しい都市である、という点を世界に発信していきたい」(田島氏)。

地元の期待度も高い。杉山氏は「歌舞伎町の培ってきた文化を、複合ビルの開発でさらに幅広い層にアピールできるようになるのではないか、と期待している。世界中から観光客が訪れるようなまちにしていきたい」と、将来を見すえる。

いまの歌舞伎町のまちづくりは、過去の反省の上に立つ。

2001年9月、町内の雑居ビルで火災が発生し、44人が死亡するといういたましい事故が起きた。「『本当に怖いまち』と言われ、昼も夜も人の流れが一気に減ってしまった」と杉山氏。こうした事故が起きる背景には、地権者が貸しビル業に転じることでまちを見守る人がいなくなってきた点があるという。

こうした問題にどう対応していくかという機運が高まり、関係者が一丸となって「安全・安心」「環境美化」「地域活性化」「まちづくり」などを進めようとスタートしたのが、「歌舞伎町ルネッサンス」と呼ばれる取り組みである。2005年1月には、有識者、地元団体・事業者、関係行政機関で、歌舞伎町ルネッサンス推進協議会が発足した。

杉山氏が代表を務める歌舞伎町タウン・マネージメントは、その取り組みを背景に2008年4月に設立された。「推進協議会発足後、対応の方向性が見えてきた段階で、まちを再生していこうという動きが生まれ、歌舞伎町タウン・マネージメントが言わば実行部隊として誕生した」(杉山氏)。

しかも杉山氏は、戦災復興期に外国人観光客の需要もにらみながら、いまで言うエンターテインメントによるまちづくりを歌舞伎町で構想した地元復興協力会会長、鈴木喜兵衛氏の孫。まちづくりへの思いは、強い。

「港区の森ビル、日本橋の三井、丸の内の三菱、渋谷の東急、とエリアを代表するようなデベロッパーが、新宿にはいない。取り残されたような危機感を抱いていた。しかし、東急が複合ビルの開発に乗り出すことで、まちの魅力が、また一つ確立される。ほかの電鉄会社も刺激を受けるのではないか。新宿は、まだまだ伸びていく」(同)と期待する。