新幹線、首都高速道路――。1964年開催の東京五輪・パラリンピックではその後の都市活動に欠かせないインフラが残された。2020年大会でそうしたレガシーの一つとして期待されるのは、東京・晴海で計画中の選手村だ。宿泊施設として一時利用される高層住宅に、大会終了後に建設される超高層住宅を加えた約5650戸は、一般向けに分譲・賃貸される。東京湾越しに都心から臨海副都心を一望する晴海の地に、どんな街が出現するのか。
選手村の整備が、いよいよ動き出した。東京・晴海の予定地では、東京都を施行者とする市街地再開発事業がスタート。都は自ら総額約540億円の事業費を投じて、道路の盛り土工事や下水道管の敷設工事など基盤整備を進める(写真1)。並行して、都が定める再開発事業の計画に基づき建物を建設する特定建築者を公募済み。7月にその予定者を選定し、9月に最終決定する予定だ。東京五輪・パラリンピックの大会終了後をにらみ、民間事業者との連携で新しいまちづくりに取り組んでいく。

再開発事業の地区は約18ha(図1)。かつて国際見本市会場や駐車場が立地していた場所で、現在は都所有の空き地が広がる。隣接区域には、中央清掃工場とその余熱を用いる地元中央区の健康増進・コミュニティ施設、晴海客船ターミナル、晴海ふ頭公園が立地する。東京都都市整備局市街地整備部企画課長の村上清徳氏は「銀座に歩いて行ける、三方を海に囲まれた立地を、まちづくりに生かしていく」と強調する。

大会終了後に約5650戸の住宅を供給
この地区内にはまず、宿泊施設として一時利用される地上14~18階建ての住宅棟21棟と、選手利便施設として一時利用される地上4階建ての商業棟1棟を建設する。大会終了後は2024年3月までの間に、これらの建物を住宅棟や商業棟として仕上げる一方で、地区中心部に地上50階建ての超高層住宅棟2棟を新しく建設。建物はすべて、特定建築者である民間事業者が敷地全体を都から譲り受けたうえで分譲・賃貸する。住宅戸数は約5650戸。分譲は約4160戸、賃貸は約1490戸という内訳だ(表1)。
街区名 | 分譲/賃貸 | 戸数 | 住戸タイプ | 併設用途 |
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5-3 | 賃貸 | 約1490戸 | ワンルーム~3LDK* | 店舗、保育所、有料老人ホームなど |
5-4 | 分譲 | 約690戸 | 3LDK~4LDK | ― |
5-5 | 分譲 | 約1830戸 | 2LDK~4LDK | 店舗 |
5-6 | 分譲 | 約1640戸 | 1LDK~4LDK | 店舗 |
(表1)再開発事業で民間事業者が建設する住宅(出所:著者)
*5-3街区は、サービスアパートメント(家具付き住宅)、SOHO、シェアハウス、サービス付き高齢者向け住宅なども想定
東京都都市整備局「特定建築者募集要領」を基に作成
図2は、都が公表した大会終了後のイメージパースだ。都では「選手村を誰もがあこがれ住んでみたいと思えるまちに」という目標を掲げ、①多様な人々が交流し、快適に暮らせるまちに、②水と緑に親しみ、憩いと安らぎが感じられるまちに、③新技術の活用により、環境に配慮し持続可能性を備えたまちに――の3つをコンセプトに据える。イメージパースを見る限り、「誰もがあこがれ住んでみたいと思えるまち」らしさは十分に伝わってこないが、これらのコンセプトはどのように実現されようとしているのか。今回は、まちづくりの目玉とも言える「環境に配慮し持続可能性を備えたまち」という角度からみていく。

パイプラインで街中に水素を
ここでいう環境配慮とは、水素エネルギーを取り入れ、それによって生み出した電力や熱も利用する一方、街全体としてエネルギーマネジメントに取り組み、環境負荷を減らしていくという発想だ。水素ステーションは、再開発事業の地区外、中央清掃工場隣の都有地を売却または賃貸し、エネルギー事業者が整備する。
そこから、地区内外に新しく敷設するパイプラインを通じて住宅棟共用部や商業棟に設置する次世代型燃料電池に水素を供給する。住宅棟専用部では特定建築者である民間事業者に対して、分譲住宅部分計約4160戸を対象に家庭用燃料電池(エネファーム)を設置することを求めている。
ただ、新しい技術を取り入れる都として初めての取り組みなだけに検討すべき課題は少なくない。「法制度や採算性などに課題が見込まれる。例えば、水素のパイプラインを敷設するには新しい法制度が必要なのか、現行の法制度で対応できるのか、国とも連携しながら検討しなければならない」(村上氏)。パイプラインを通じた水素の供給や街全体としてのエネルギーマネジメントを開始する具体の時期は未定。街中への水素の供給は大会時からを想定しているが、詳細は今後の検討を通じて固めるという。
都は今年度、これら検討課題を整理し、大会時と大会終了後のエネルギー事業計画を策定する。来年度はそれに基づき具体の事業を展開するエネルギー事業者の公募に入る予定だ。6月にはそれに先駆けて事業計画づくりのパートナーとなる事業協力者を公募し、プレゼンテーションやヒアリングを経たうえで7月に選定する。都は事業協力者とともに、電力や熱の供給システム、水素エネルギーなど新技術の活用、エネルギーマネジメントの導入、事業採算性などを検討し、その成果を事業計画に生かす。
検討対象範囲は再開発事業の地区とその周辺。ところが再開発事業の地区内では、選定中の特定建築者にもエネルギーマネジメントシステムの導入が求められている。都都市整備局市街地整備部公共再開発担当課長の澤井正明氏は「エネルギー事業計画では地域全体のエネルギー対策を検討するのに対し、再開発事業では主に住戸内・住棟内のエネルギー対策を検討する。ただきっちり分けられるものではないので、双方で調整を図りながら検討を進めていく」と説明する。マネジメント事業の対象はエネルギー事業全体の事業性を左右する点だけに、ここは今後の展開を注目したい。