地域住民のたまり場をエリア価値の向上へ

「くらしの拠点駅」のように背後に住宅地が広がる駅はこれまで、鉄道を利用するための通過点にすぎなかった。駅前に立地するのは、駐輪場やバス・タクシー乗降場など交通結節機能や商業・サービス機能。人は集まるが、互いの関係性は弱かった。

そこに新しく、コミュニティづくりを掲げるカフェ、地域に開放されたレンタルスペースやワークスペースといった、地域住民のたまり場が登場してきた。そこから生み出されるものがエリア価値の向上をもたらすという期待が、その背景に感じられる。

小田急電鉄グループが挑むもう一つの場づくりも、駅前に地域住民のたまり場を生み出そうとするものだ。最寄り駅は、栗平駅の隣で各駅停車駅の黒川。そこに5月10日、「ネスティングパーク黒川」がオープンする(写真4)。

(写真4)「ネスティングパーク黒川」の建設現場(2019年4月現在)。小田急電鉄小田原線座間駅前のリノベーション賃貸住宅「ホシノタニ団地」のプロジェクトでも組んだブルースタジオが企画・設計監理を担当した(写真:茂木俊輔)
(写真4)「ネスティングパーク黒川」の建設現場(2019年4月現在)。小田急電鉄小田原線座間駅前のリノベーション賃貸住宅「ホシノタニ団地」のプロジェクトでも組んだブルースタジオが企画・設計監理を担当した(写真:茂木俊輔)

この施設は、小田急電鉄グループとして初の郊外型シェアオフィス「キャビン」と店舗で構成する。小田急電鉄が木造平屋建てを建設したうえで小田急不動産に一括賃貸し、同社が施設全体の運営にあたる。店舗部分には、栗平駅前のカフェと同じくWATが運営する飲食店が同時開業し、コンビニエンスストアのローソンが8月にオープンする予定だ。

施設整備にあたる小田急電鉄生活創造事業本部開発推進部の志鎌史人氏は「夜間人口を増やし、にぎわいを創出したい。エリア価値の向上を図り、多世代に愛着をもってもらえるまちづくりを目指す」と、施設整備の狙いを話す。

黒川駅の南北に広がる2つの区域には、地元川崎市が1990年代から先端産業の研究開発機能などを誘致してきた「かわさきマイコンシティ」が立地する。駅前に商業施設はない分、にぎわいには欠けるものの、日中はビジネスパーソンの姿が少なくない。

一方、小田急電鉄では2016年11月、沿線まちづくりの連携・協力に関して市との間で包括連携協定を締結。黒川駅周辺では、にぎわいや交流機能の導入に向けた段階的な整備や地域の特性に沿った施設の導入などを検討する方向を打ち出していた。

こうした流れの中で「ネスティングパーク黒川」は誕生する。ここでは自然環境の豊かな住宅地を「巣」に見立て、そこに人生を楽しむ人たちが集うという想定を描く。自分らしい暮らし方を求めるなら郊外に目を向けてみては、という提案でもある。

郊外での暮らしを機に起業する層も見込む

施設の核になるシェアオフィスは、個室タイプ15区画とフリーアドレスのデスク8席に半個室タイプ9区画を組み合わせたコワーキングスペースで構成する。個室タイプは、デスクワークの場としてだけでなく、ワークショップの場や店舗としても利用できる(写真5)。

(写真5)個室タイプのシェアオフィスが並ぶ独立した木造平屋建て(2019年4月現在)。計画当初は「コンテナハウス」を利用する予定だったが、想定以上にコストがかさむことから、検討を重ねた末、木造建築に落ち着いたという(写真:茂木俊輔)
(写真5)個室タイプのシェアオフィスが並ぶ独立した木造平屋建て(2019年4月現在)。計画当初は「コンテナハウス」を利用する予定だったが、想定以上にコストがかさむことから、検討を重ねた末、木造建築に落ち着いたという(写真:茂木俊輔)

その運営は、地域のハブとなる場づくりを掲げる事業法人のタウンキッチンに委託する。同社では東京都東小金井市が2014年4月に設置した創業支援施設の運営に指定管理者として携わるなど、同種の施設運営に実績を持つ。

シェアオフィスの利用者には小田急電鉄で大きく2つのタイプを見込む。

一つは、郊外での暮らしにあこがれ、移り住んできた人。そうした人が地元で働くことのできる環境を整える発想だ。もう一つ、マイコンシティ内の企業に勤務する人が帰りがけに、例えば副業の拠点として利用することも想定する。

地元で働くことのできる環境としては2つの利用が考えられている。都心方面の企業に勤務する人がサテライトオフィスとして利用する場合と、例えば郊外での暮らしを始めたのをきっかけに起業する拠点として利用する場合だ。

いずれも職住近接型のワークスタイルに対するニーズに応えることを想定したものだ。冒頭にも書いたように、郊外と言えば、もっぱら「住む」場所だった。そこにいま「働く」場所も加わる環境が、こうして整えられつつある。

事業としての位置付けはあくまでパイロット事業。新しい場づくりがどのような効果をもたらすか、今後検証していく方針だ。志鎌氏は「シェアオフィスを実際にどのような層が利用することになるのか、楽しみ」と期待を寄せる。

この1月、2030年をめどに新百合ヶ丘駅に横浜市営地下鉄が延伸されることが明らかになった。小田急電鉄多摩線沿線から新横浜駅経由で東海道・山陽新幹線へのアクセスが強化されるだけに、沿線エリアが「恵まれた郊外」になることは間違いない。

ただ将来、このエリアに位置する栗平駅や黒川駅の周辺が交通アクセス以外の面からも「選ばれる郊外」になれるか否か――。その行方は、「CAFÉ & SPACE L.D.K.」や「ネスティングパーク黒川」といった新しい場の運営にかかっている。