東京都が7月24日から8月2日まで、朝潮運河船着場と日本橋船着場との間に40人前後が乗れる船を運航する社会実験「真夏のらくらく舟旅通勤」を約1300万円の予算を投じて実施した。都が通勤利用を想定した社会実験を実施するのは、初めて。ウオーターフロントの開発が活気づく中、観光利用に加え通勤利用にも、舟運の可能性は開けるのか。

とにかく利用してみようとWebサイトで予約した便は、7月29日の朝8時に朝潮運河船着場を出発するもの(写真1)。出発10分前に改札が始まると、利用者が整列し船に順次乗り込む。予約はするものの自由席。3人掛け2列の席に思い思いに座る。

(写真1)朝潮運河船着場。船は手前と奥の2カ所に停泊できる。写真の船は定員45人。船着き場の向こうは勝どきエリアで、再開発プロジェクトが現在進められている(写真:茂木俊輔)
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日本橋船着場までの運航ルートはいくつか想定されている(図1)。基本は図中赤い実線で示されたルートだが、天候や潮位などの理由によって破線で示された航路に変更される場合があるという。所要時間は乗降時間を含め約30~40分だ。

(図1)朝潮運河船着場に近い勝どき駅と日本橋船着場に近い日本橋駅との間を陸路で移動するには地下鉄を利用するのが最も便利だが、江東区内の門前仲町駅または港区内の大門駅を経由することになるため、やや遠回りにならざるを得ない(出所:東京都資料)
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ほぼ定刻通りに出発。この便は屋根なしの船だったため、朝日がきつい。女性客が日傘を差そうとしたものの乗船時は禁止の様子。後で聞いた話によれば、座席で隣り合う乗船客との距離が近いため、傘を差すのは安全上の理由から禁じているという。

水は少々臭うが、広々した運河の上を船で走るのは爽快だ。自転車をゆっくりこぐ程度のスピード。日本橋船着場から朝潮運河船着場に向かう同じ社会実験の船とすれ違う時、乗船客同士が互いに手を振り合うのは、とても通勤時とは思えない。

右手に「江戸湾開港の地」を望みながら隅田川から亀島川に入ると、周囲は裏路地風に変わる。コンクリート三面張りの護岸が延々と続くのは残念だが、茅場町から日本橋までは上空を首都高速道路が覆うため、きつい日差しは遮られる。

出発から約30分で日本橋船着場に到着(写真2)。日本橋のたもと、エリアのど真ん中に位置し、地下鉄駅も近いだけに、通勤の便はいい。折り畳み自転車を持ち込んでいた乗船客は、自転車を広げ、サドルにまたがると、さっそうと走り去った。

(写真2)日本橋船着場。この船着き場では船は写真の位置にしか停泊できない。予定より早めに到着した場合、停泊中の船が定刻通りに出発するのを待たなければならないこともある(写真:茂木俊輔)
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朝潮運河船着場に近い都営大江戸線勝どき駅から地下鉄で日本橋に向かうと、駅間では乗り換え時間を含め15分程度。ただ、地下ホームと地上との間の移動には時間がかかる。朝の通勤時間帯であれば、なおさら。そこまで含めれば30分近いかもしれない。

通勤利用を想定した社会実験に踏み切った理由を東京都都市整備局都市基盤部交通プロジェクト担当課長の池田中氏はこう明かす。

「朝潮運河船着場に近い勝どきや晴海から日本橋までは、地下鉄では乗り換えが必要だし、路線バスでも1本では行けない。交通手段の限られるこれら臨海部と都心部なら通勤利用を想定した舟運にも可能性があるのではないか、と判断した」

オペレーションと事業採算性を検証する

都がこうした社会実験に取り組む狙いには、舟運の活性化がある。池田氏は「東京の水辺空間は以前に比べ快適になってきた。それは、東京の強み。水辺空間をもっと活用し、舟運を観光面でも日常の交通手段としても定着させたい」と熱く語る。

都では2016年度から、舟運事業者の協力を得ながらさまざまな運航ルートで社会実験を重ねてきた。当時は観光利用を想定し、羽田方面、臨海部、日本橋・両国・浅草方面の拠点間を、縦断・循環・周遊しながら結ぶルートを試してきた(図2)。

(図2)東京都が2016年度以降、実施してきた社会実験。2018年度には16年度と17年度の成果を踏まえ、3つの航路で舟運事業者による定期運航が実現している(出所:東京都資料)
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その成果として、2018年度からは「お台場周遊」「田町~天王洲~朝潮運河」「朝潮運河~有明」という3つのルートで定期運航が始まった。「オペレーションや事業採算の観点で実現性の見込めたのが、これら3つのルートだった」(池田氏)。

オペレーションと事業採算――。この2つは、社会実験から定期運航への移行を検討するにあたって欠かせない視点だ。都が今回の社会実験を通じて検証しようと考えている点でもある。

オペレーションとは、どの時間帯にどの程度の時間間隔で運航するか、という点だ。通勤利用ともなれば観光利用と違って、朝の運航が不可欠。また、運航間隔は一定程度短くないと利用は見込めない。池田氏はオペレーションの難しさをこう指摘する。

「観光利用を想定した舟運は、運航を土日や特定の季節などに限定し、その頻度を1時間当たり数本に絞るからこそ、実現可能だ。ところが、通勤利用を想定した舟運はそうはいかない。毎朝、一定の時間間隔で安定した運航を実現しなければならない」

都は今回の社会実験を始めるにあたって、都内の舟運事業者に声を掛け、最終的には8社の協力を得た。これら8社の設備体制や船着場の設備条件などを踏まえ、現実的に設定可能な運航間隔を15分と定めた。

この運航頻度が適切だったのか、都では乗船客を対象とするアンケート調査で検証する。「とはいえ、10分間隔で運航ダイヤを組めるかという現実的な問題はある。事前予約制であらかじめ周知できていれば、15分間隔でもいいのかもしれない」(池田氏)。

事業採算をどう考えるかは、臨海部と都心部の間でも地下鉄や路線バスという競合する交通機関があるだけに、一段と難しい問題だ。