豊島区の補助金を利用して開設

この施設も、同社が展開する「アキサポ」の一事例だ。空き家の立地する地域で収益事業として成り立つ用途を見定め、定期借家契約の下で借り上げた空き家に改修工事を施したうえで転貸する。その差益で工事費を回収し、収益を上げるという事業モデルだ。

ジェクトワン代表取締役の大河幹男氏は「空き家には、売買、解体、活用という大きく3つの選択肢が考えられる。活用サポートを通じて空き家情報を広く得られるようになれば、売買や解体にも関わることができる。柱の一つであるまちなか再生事業につながる可能性も見込める」と、空き家活用にビジネスとして乗り出した狙いを語る。

誕生のきっかけは、豊島区が2018年度に取り組み始めた「創業チャレンジ支援施設開設事業補助金」にある。区が交付対象の事業提案を公募したのに対し、ジェクトワンはシェアキッチン型の起業支援施設を提案。それが同事業として採択された。開設費用は約1500万円。このうち約950万円を補助金で賄う。

場所は、池袋の西、中野区や新宿区との区境に近い南長崎。手塚治虫をはじめとする著名な漫画家が住んでいた木造アパート「トキワ荘」の跡地に近い商店街の一角だ。ビルの1階、かつては中華料理屋だったといわれる空き店舗を活用する。

間口が狭く、奥行きの深い施設内には、業務用のキッチン設備2セットが向かい合わせに配置され、対面冷蔵ショーケースを挟んで手前にイートインスぺースを備える(写真3)。

(写真3)「コマワリキッチン」のキッチン設備。業務用3口ガスコンロ&コンベクションオーブンや冷凍冷蔵庫を2セットそろえる。利用者の不安を払しょくするため、ボウルなどの備品に対する要望にも可能な限り応えるようにしているという(画像提供:ジェクトワン)
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食品衛生責任者の資格を持つ利用者は、キッチンで製造したものをその場で販売し、購入者に食べてもらうことが可能だ(写真4)。

(写真4)対面冷蔵ショーケースの手前はイートインスペース。食品衛生責任者の資格を持つ利用者は奥にあるキッチンで製造したものを販売し、購入者にここで食べてもらうことができる。テストマーケティングにも活用できる空間だ(画像提供:ジェクトワン)
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施設利用は原則として会員制。月間利用時間に応じた種別ごとに税込み月額1万5400円から同5万5440円までの間で定められた会費を支払えば、施設全体を借り切り、弁当や菓子などの製造・販売のほか、「食」関連のイベントも行える。

利用者の確保は施設のホームページやメディアでの紹介に頼る。提案段階から「コマワリキッチン」のプロジェクトを担当するジェクトワン地域コミュニティ事業部の石井萌奈氏は、「キッチン設備の充実度は高く、会費の設定も良心的。利用ニーズは増えている」と、手応えを感じている様子。稼働率は事業採算を確保できる水準には達しているという。

通常の「アキサポ」と異なるのは、空き家を改修し転貸するだけでなく、そこを起業支援の施設として運営する点だ。

ジェクトワンではこれらの設備・スペースを提供するほか、起業相談に対応する「としまビジネスサポートセンター」と連携を図ったり、施設内で独自の起業塾を開催したりする(写真5)。今年9月から10月にかけて全5回で開催する起業塾は3期目。すでに計12人の修了生を送り出している。

(写真5)運営者であるジェクトワンが「コマワリキッチン」で開催した起業塾の様子。今年9~10月にかけて全5回で開催する3期目の起業塾では、食に関するコンサルティング業務を行う管理栄養士の講師を招き、起業の基礎を学んでもらう(画像提供:ジェクトワン)
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消費者の声届く地元との関係性

起業に至った利用者も生まれている。石井氏は「ここを利用して総菜を製造・販売し、地元にコアなファンを育てた利用者は、別の地域ながら総菜屋を開店した。ここで開店前のテストマーケティングを実施した例もある」と明かす。

起業支援施設としての隠れた強みは、石井氏がここで商品を製造・販売する利用者とその商品を購入し味わう地域住民とのつなぎ役になっている点だ。消費者の生の声を起業家に届ける緩やかな仕組みが出来上がっているのである。

「現場に顔を出すと、地元の人が声をかけてくれる。利用者がここで製造・販売する商品に対する率直な評価を聞かされることもある」と石井氏。利用者がそのうち起業し、商店街に店を出すことを願うからこそ、厳しくも温かい声を伝えにくるという。

そうした地元との関係は、提案段階で施設用途を検討する中で築かれてきた。地元ニーズを探ろうと石井氏は地域住民約50人にヒアリングを敢行し、飲食関係を望む声が聞かれたことから、シェアキッチン型を提案した経緯がある。その経験が、いまに生きる。

開設から半年が経ち、空き家の活用事業としてどう評価するのか。大河氏は「事業としては成功しているが、それも補助金があるからこそ」と冷静だ。ここで運営ノウハウを蓄積し、ソフトの収益性を高めることで、会社の今後の成長に役立てる方針だ。

起業家による空き家活用を進めていくには、もちろん課題もある。

一つは、空き家の改修資金の調達だ。「不動産会社が改修工事費を金融機関から事業資金として借り入れるのは難しい現実がある」と大河氏。行政が民間の資金調達を支援するような措置を取れれば金融機関も融資しやすくなるはず、と期待を寄せる。

もう一つ、空き家所有者の意識という壁もある。大河氏は「周囲は空き家と見ていても、所有者は例えば荷物置き場の感覚で空き家と思っていない。ただ、その建物を放置することで近隣からクレームが寄せられるのは避けたい様子」と現状をみる。

そこで求められるのが、冒頭のイベントでも強調されていた地域の活性化に貢献しようとする姿勢だ。そうした「志」こそが、空き家所有者の意識を改め、「地域のためなら」という思いから「活用」に乗り出す可能性を、石井氏は見込む。

起業家による空き家活用――。この新しい道筋を切り開いていくには、「地域」の将来を見すえた公民の連携が一段と求められそうだ。