高齢化による運転手不足や免許返納問題などを背景に、自動運転バスの導入が各地で検討されている。関係法令の見直しが見込まれる2022年度を前に、その勢いは加速しそうだ。新しい技術は地域にどう受け入れられていくのか。2020年11月、町内の回遊性を高める狙いで定時・定路線の無料運行を始めた茨城県境町の事例を、前後編の2回に分けて伝える。

自動運転バスの運行開始から約7カ月。茨城県境町では近く、運行ルートの拡大に乗り出す。1期では、町中心部を貫くほぼ一直線の道路を、生活拠点を結ぶ形で無料運行していた。これに対して2期では、運行ルートを2系統に増やし、1系統は道の駅「さかい」と1期でも発着地点としていた境町勤労青少年ホーム「境シンパシーホールNA・KA・MA」との間を、もう1系統は同じく道の駅「さかい」と7月1日からJR東京駅との間で運行が始まった高速バスの発着地点になる境町高速バスターミナルとの間を無料で結ぶ。さらに、これらのルート以外にも新規のバス停を追加し、オンデマンド走行にも乗り出す見通しだ。

境町から運行業務を受託するソフトバンクグループのBOLDLY(ボードリー)代表取締役社長兼CEOの佐治友基氏は「運行を始めると、周囲に広がる公共交通の空白地域から路線を伸ばしてほしいと要望が出始めた。そこで町と運行ルートの拡大に乗り出した」と明かす。

運行開始当初、同社は向こう5年にわたって年1度ずつ、計5期にわたって運行ルートを段階的に広げていく計画を立てていた。その5カ年計画を前倒しし、4期までに運行を実現していく想定だったルートをすべて、2期で一気に実現に移す。

自動運転バスをかねて「横に動くエレベーター」と、まちなかの社会インフラにたとえてきた佐治氏。境町での運行業務を「水平展開可能な実用化モデル」と位置付ける。

「町長から実用化の相談を受けた時には、道幅が狭く、対向車とのすれ違いにも歩行者の飛び出しにも注意が必要なため、ハードルが高いと感じた。しかし、全国の道路はどこも、このようなもの。境町で実用化できれば、ほかの地域でも可能と考えた」

境町は茨城県の南西端、千葉県との間を流れる利根川沿いに位置する人口約2万4000人の町だ。町内に鉄道路線はなく、域内外の交通手段は自動車。域内には東武グループの朝日自動車や地元茨城の昭和観光自動車が路線バスを運行する。域外との間を結ぶ交通拠点としては、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の境古河インターチェンジ(IC)がある。

域内の公共交通を拡充しようと町が導入に踏み切ったのが、定時・定路線運行の自動運転バスである(写真1)。仏Navya社製の11人乗り自動運転バス「NAVYA ARMA(ナビア アルマ)」を3台、リースで導入し、運行業務をBOLDLYに委託する。

(写真1)町内を走行する自動運転バス。充電設備の設置場所は、1期運行の段階では「境シンパシーホールNA・KA・MA」の1カ所だけだったが、2期運行の段階での必要箇所は3カ所。増設については調整中だ(写真:茂木俊輔)
(写真1)町内を走行する自動運転バス。充電設備の設置場所は、1期運行の段階では「境シンパシーホールNA・KA・MA」の1カ所だけだったが、2期運行の段階での必要箇所は3カ所。増設については調整中だ(写真:茂木俊輔)
[画像のクリックで拡大表示]

「NAVYA ARMA」は、全地球測位システム(GPS)などで車両の位置を測定し、3次元(3D)LiDAR(レーザースキャナー)などで障害物を検知しながら、設定した運行ルートを低速で自律走行する車両だ。ハンドルやブレーキはなく、手動運転時はゲーム機を操るのと同じようなコントローラーで操作する(写真2)。

(写真2)自動運転バス「NAVYA ARMA」の車内。座席に腰かけると進行方向の視界を直接には確保しにくいことから、運転手は右手座席の手前に立ち位置を確保する(写真:茂木俊輔)
(写真2)自動運転バス「NAVYA ARMA」の車内。座席に腰かけると進行方向の視界を直接には確保しにくいことから、運転手は右手座席の手前に立ち位置を確保する(写真:茂木俊輔)
[画像のクリックで拡大表示]

運行を前にBOLDLYでは、5年間の総予算5.2億円を前提に、関係者の役割を段階ごとに整理している。自らは、自動運転経路のアセスメント、保安基準緩和や道路使用許可など公道走行に必要な行政手続き、3Dマップデータの作成、自動走行のプログラミング、同社で開発した自動運転車両運行プラットフォーム「Dispatcher」の提供などの役割を担う。

規制改革を受け、既存バス停への併設も

運行開始は2020年11月。当初は「境シンパシーホールNA・KA・MA」と地元まちづくり公社が町の委託を受け地域活性化の活動拠点として運営する「河岸の駅さかい」との間を往復していた(写真3)。

(写真3)自動運転バスの発着地点の一つである「河岸の駅さかい」。町が民間所有の旧店舗を地域活性化の活動拠点として改修し、運営を地元のさかいまちづくり公社に委託する。地元産小麦を用いたパンの製造・販売拠点やシェアオフィスなどに利用されている(写真:茂木俊輔)
(写真3)自動運転バスの発着地点の一つである「河岸の駅さかい」。町が民間所有の旧店舗を地域活性化の活動拠点として改修し、運営を地元のさかいまちづくり公社に委託する。地元産小麦を用いたパンの製造・販売拠点やシェアオフィスなどに利用されている(写真:茂木俊輔)
[画像のクリックで拡大表示]

2021年2月には、区間内にバス停を往復両方向で12カ所増設。病院、子育て支援施設、郵便局、小学校、町役場、銀行といった町中心部の生活拠点を結び、生活路線バスとしての利便性を高めた(図1)。2021年6月現在、運行は平日のみで、往復両方向とも9~16時までの間に午前5便・午後5便を走らせる。

(図1)1期の運行ルート。2020年11月の運行開始当初は、発着地点である2つの拠点を結ぶだけだったが、2021年2月には、その間にバス停を往復両方向で12カ所増設。病院、郵便局、銀行など、区間内に立地する生活拠点を結ぶ生活路線バスとして利便性を高めた(資料提供:BOLDLY)
(図1)1期の運行ルート。2020年11月の運行開始当初は、発着地点である2つの拠点を結ぶだけだったが、2021年2月には、その間にバス停を往復両方向で12カ所増設。病院、郵便局、銀行など、区間内に立地する生活拠点を結ぶ生活路線バスとして利便性を高めた(資料提供:BOLDLY)
[画像のクリックで拡大表示]

新設したバス停はいずれも民間の敷地内に無償で設置された。「地元の協力もあって設置したい場所に設置できた」と、佐治氏は地元の歓迎ぶりを強調する。このうち病院前に設置したバス停1カ所は、昭和観光自動車が利用する既存のバス停に併設したものだ。

道路交通法上、既存のバス停への駐停車は原則禁止されていた。ところが2021年1月、規制が緩和され、路線バス事業者との間で合意した場合は自動運転バス側が既存のバス停を利用できることになった。その規制改革を受け、このバス停が実現した。

運行に携わる人員は2021年6月現在、車両に乗り込む運転手と、「河岸の駅さかい」1階に置く遠隔監視室で自動運転車両運行プラットフォーム「Dispatcher」を扱う遠隔監視者の最低2人だ。運行開始当初は、保安基準の緩和を受けて公道走行が許可される条件として、運転手1人に加え保安要員1人の配置が求められていた。その後、保安基準を所管する国土交通省が2021年3月、車両の装置や運転手の監視で安全確保が可能と判断されるときには保安要員は不要、と基準緩和上の取り扱いを明確化。BOLDLYはこの取り扱い明確化と過去の運行実績を踏まえ、保安要員の撤廃を関係省庁と合意した経緯がある。

運転手の役割は、手動運転への対応だ。車内のタッチパネルを操作すると車両は自律走行を始めるが、途中、運転手がコントローラーを操作する場面がある(写真4)。

(写真4)信号機のある交差点を通過する時など手動運転時には、運転手はこのコントローラーで車両を操作する。道路使用許可の手続き上、「特別装置自動車」に当たる(写真:茂木俊輔)
(写真4)信号機のある交差点を通過する時など手動運転時には、運転手はこのコントローラーで車両を操作する。道路使用許可の手続き上、「特別装置自動車」に当たる(写真:茂木俊輔)
[画像のクリックで拡大表示]

具体例の一つは、ごみ収集車など運行ルート上に駐停車する車両がある時だ。「障害物を回避する機能はあるが、対向車線にはみ出しながら障害物を追い越すことになるため、現在は運転手で対応している」と佐治氏。最高速度を時速20㎞という低速に設定しているだけに、運転手が対向車の状況を目視で判断し安全性を確認したうえで、障害物を追い越すように工夫しているという。