茨城県境町。千葉県との間を流れる利根川沿いの人口約2万4000人のまちだ。公共交通網は、域外との間は路線バスや高速バスが結ぶものの、域内を巡回するものはないに等しい。同町が2020年11月から、町内の回遊性を高める狙いで定時・定路線運行の自動運転バスを無料で運行する(前編)。地域社会にはどのような背景の下、どのように受け入られてきたのか。

(写真1)茨城県境町の町長を務める橋本正裕氏。町職員から町議会議員4期を経て、2014年3月、無投票当選で町長に就任した。現在2期目(写真:茂木俊輔)
(写真1)茨城県境町の町長を務める橋本正裕氏。町職員から町議会議員4期を経て、2014年3月、無投票当選で町長に就任した。現在2期目(写真:茂木俊輔)
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自動運転バスの運行を推進したのは、茨城県境町の町長として現在2期目を務める橋本正裕氏だ(写真1)。2019年11月、いまでは運行を委託するSBドライブ(現BOLDLY)の記事にニュースサイト上で出会い、翌12月に同社代表取締役社長兼CEOの佐治友基氏に会う約束を取り付けた。面会は12月26日。その2週間後には、自動運転バス導入について町議会の承認を得た。正味4日。電光石火の早業だった。

背景には、町内の交通事情がある。町内には日常の買い物や通院などの目的に利用できる公共交通がないため、自家用車を手放せない。加齢に伴い運転免許を手放すと、家族の運転する車両に乗せてもらうか、代金を支払いタクシーに頼るほかない。

橋本氏は町としての危機感をこう訴える。「高齢化に伴い、鉄道駅や子どもの住まいの近くに住み替えようと、転居可能な世帯は町から転出してしまう。これでは人口減少に歯止めがかからない。地方では多くの自治体が早晩そうなる恐れがある」

境町は1998年10月から福祉循環バスを運行してきたが、利用者が少ないことや車両が古くなったことを理由に2005年9月で廃止した経緯がある。その後、福祉タクシー利用助成制度を運用しながら、デマンド交通システムの導入などを検討してきた。

現町長の1期目就任は2014年3月。2期目に入り、自動運転車両の導入についても視野に入れながら検討を進める中で、冒頭の出会いを迎える。「当時、SBドライブには自動運転バス運行のノウハウはあったが、定時・定路線運行の導入に踏み切る自治体はまだなかった。実用化に問題はあるかを問うと、佐治氏は『ない』と答えた」(橋本氏)。

橋本氏の基本認識は「高齢者の運転より自動運転のほうが安全」というものだ。「速度を時速20㎞以下に抑えていることから、死亡事故を起こす恐れはないとみている」。橋本氏はこうした考え方の下、自動運転バスの定時・定路線運行の導入に先陣を切って踏み切り、境町を起点にほかの自治体に水平展開されるということを思い描いた。

運行期間は5年間。約5億円の予算を見込んだ。橋本氏は「町議会に対しては、高齢者に安心して住み続けてもらうための仕組みとして説明した」と振り返る。「小中学生向け英語教育に年間約1億円を投じるなど、子育て支援策には年間数億円を予算化している。それと同じように受け止めてもらうように努めた」(橋本氏)。

何より財政面に好転の兆しが出始めていた。境町では2014年度以降、財政再建を進め、19年度までの6年間で借金にあたる地方債残高を約21億円減らし約151億円まで抑える一方、貯金にあたる財政調整基金と目的基金の残高を約20.4億円積み増し約27.5億円まで増やした。借金などの将来負担が財政を圧迫する可能性を示す指標とも言える将来負担率は、2013年度は茨城県内で最も大きく184.1%だったが、19年度は大きいほうから3番目の105.2%にまで改善している。

「稼ぐ自治体」への転換で財政再建

再建策の一つは、「稼ぐ自治体」への転換だ。

境町では、起業促進や観光交流などの拠点になる公共施設を建設・改修するものの、維持管理や運営は民間事業者に任せる手法を採用する。建設・改修費用には国の交付金を積極的に活用したうえで、町の持ち出し分は民間事業者からの賃料で回収する発想だ。

維持管理や運営の費用は民間事業者負担という前提のため、町の持ち出し分を回収し終えた後は、賃料はまるまる町の収入になる。「境町モデル」と呼ぶ。建設・改修投資を想定通り賃料で回収できるかが問われるが、橋本氏は「回収可能な事業計画を描けないようなら事業として失敗するのは目に見えている」と、投資判断に自信を見せる。

再建策としてもう一つ柱にすえてきたのが、ふるさとづくり寄付金だ。納税者が自治体に寄付すると、寄付金額のうち2000円を超える部分について、一定額までを上限に原則全額、所得税と住民税から控除できる、ふるさと納税制度を活用したものだ。

地方交付税の配分においてこの寄付金収入は考慮されないため、自治体にとっては交付税を減額される恐れがなく、寄付金収入分をそのまま歳入増につなげられる。一方、納税者にとっても、控除額が通常の寄付金に比べ大きく、自治体の多くからは地域の特産品などを返礼品として受け取れることから、人気の仕組みだ。ただ自治体間で返礼品のお得度を競うような事態が収まらなかったことから、総務省は2019年6月以降、この制度の対象とする自治体を大臣が一定の基準を基に指定する仕組みに改めた。

(図1)1期の運行ルート。2020年11月の運行開始当初は発着地点である2つの拠点を結ぶだけだったが、2021年2月、その間にバス停を往復両方向で12カ所増設した(資料提供:BOLDLY)
(図1)1期の運行ルート。2020年11月の運行開始当初は発着地点である2つの拠点を結ぶだけだったが、2021年2月、その間にバス停を往復両方向で12カ所増設した(資料提供:BOLDLY)
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境町では2014年度以降、寄付金の受け入れ額は全国の傾向と同様に右肩上がりに伸び続け、18年度には約60.8億円に達した。19年度には制度改正の影響を受けながらも、17年度実績の約21.6億円を上回る約30.6億円を確保した。「最初は返礼品に魅力を感じて寄付するとしても、そのうち町のファンになってもらうことが大事」と橋本氏。必ずしも永続的な制度ではないという見立ての下、国の交付金の活用にも力を入れる。

新型コロナウイルス感染症の感染拡大のあおりを受け、境町がBOLDLYに委託する形で自動運転バスの運行を始めることができたのは、2020年11月。1期の運行では、境町勤労青少年ホーム「境シンパシーホールNA・KA・MA」と地元まちづくり公社が町の委託を受け地域活性化の活動拠点として運営する「河岸の駅さかい」との間、往復約5kmを無料で結んでいる(図1)。