拠点進出や経済活性化の副次効果も

車両は、仏Navya社製の11人乗り自動運転バス「NAVYA ARMA(ナビヤ アルマ)」3台をリースで導入した(写真2)。「NAVYA ARMA」は、GPS(全地球測位システム)などで車両の位置を測定し、3次元(3D)LiDAR(レーザースキャナー)などで障害物を検知しながら、設定した運行ルートを時速20km以下の低速で自律走行する。

(写真2)自動運転バス「NAVYA ARMA(ナビヤ アルマ)」。境町では3台をリースで導入し、うち2台の車両デザインを同町出身の美術家に依頼した。背後は、1期運行の発着地点である「河岸の駅さかい」。1階はベーカリー、2階はシェアオフィスとして利用されている(写真:茂木俊輔)
(写真2)自動運転バス「NAVYA ARMA(ナビヤ アルマ)」。境町では3台をリースで導入し、うち2台の車両デザインを同町出身の美術家に依頼した。背後は、1期運行の発着地点である「河岸の駅さかい」。1階はベーカリー、2階はシェアオフィスとして利用されている(写真:茂木俊輔)
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運行に携わる人員は2021年7月現在、車両に乗り込む運転手と、「河岸の駅さかい」1階に置く遠隔監視室で遠隔監視システム「Dispatcher」を扱う遠隔監視者の最低2人だ。運転手は車内のタッチパネルを操作し車両を自律走行させるが、途中、前方に駐停車する車両を避ける場合や信号機のある交差点を通過する場合などは、運転を手動に切り替え、手に持つコントローラーを操作する。

運行開始から約8カ月。橋本氏は「これまでの運行は非常に順調」と評価しながら、町にとってのプラスの効果を2つ挙げる。

一つは、町内に拠点を置くことを検討する企業数社の出現だ。「自動運転バスとコラボレーションを図りたいというのが、企業側の意図。先進的な取り組みに寛容なまちという理由から、拠点進出を望む企業が現れるようになったのではないか」(橋本氏)。

もう一つは、経済活動の活性化である。「運行ルート近くに居住する高齢者は、家族を頼らなくても買い物に出掛けられるようになった。さらに新型コロナの感染拡大が治まれば、自治体研修などで町内を訪れた人が町内の飲食店などを利用することも期待できる」。橋本氏は期待も交えてこう語る。

(写真3)境町教育委員会が発行する小学3・4年生向けの社会科副読本「のびゆくさかい」。まちなかを走行する自動運転バスが表紙を飾る(資料提供:境町)
(写真3)境町教育委員会が発行する小学3・4年生向けの社会科副読本「のびゆくさかい」。まちなかを走行する自動運転バスが表紙を飾る(資料提供:境町)
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地域社会にどのように受け入れられているかという点については、どうみるか。橋本氏は「最初に取り組みやすい区間として町内では交通量がそう多くない旧中心市街地を選んだ。意外にも地域住民はみんな気を使ってくれる」と、想定外の事態に満足そうだ。

地域社会への浸透を図ろうと、境町教育委員会が発行する小学3・4年生向け社会科副読本では表紙に自動運転バスを採用してもらい、内容にも取り込んでもらった(写真3)。「境町のことを知ってもらうのが、副読本の狙いのはず。表紙では自動運転バスを取り上げるべきと考えた。地元の子どもたちにはぜひ知ってほしい」(橋本氏)。

当初7月5日を予定していた2期運行の開始時期は2021年7月現在、8月以降に繰り延べる。橋本氏は「行政区の区長や各種団体の長に試乗してもらうなど、地域住民への周知徹底を図る。手続きを丁寧に済ませたうえで2期運行を始めたい」と説明する。

自家用車に頼らずに済む地域社会へ

運行ルートは前編で伝えたように、大きく2系統(図2)。一つは、道の駅「さかい」と1期でも発着地点としていた「境シンパシーホールNA・KA・MA」との間を結ぶ系統だ。もう一つは、道の駅「さかい」と7月1日からJR東京駅との間で運行が始まった高速バスの発着地点になる境町高速バスターミナルとの間を結ぶ系統である。利用料金はこれまで通り無料。平日のみの運行を、土日まで広げる予定だ。

(図2)2期の運行ルート。道の駅「さかい」や境町高速バスターミナルなど域外との交通の拠点にも乗り入れる。高速バスターミナルは、JR東京駅との間を最短80分で結ぶ高速バスが2021年7月から運行を始めるのに伴い、新しく開設された(資料提供:BOLDLY)
(図2)2期の運行ルート。道の駅「さかい」や境町高速バスターミナルなど域外との交通の拠点にも乗り入れる。高速バスターミナルは、JR東京駅との間を最短80分で結ぶ高速バスが2021年7月から運行を始めるのに伴い、新しく開設された(資料提供:BOLDLY)
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2期運行が始まれば、町内の回遊性は格段に高まる。ルート沿いには、子育て支援施設や医療機関のほか、観光交流拠点など境町がここ数年で新しく建設・改修した公共施設が多く立地するため、地域住民の利用はもちろん、町外からの利用も見込める。

例えば、これらの公共施設のうち、道の駅「さかい」内の6次産業化施設「さかいサンド」、同じくレストラン「茶蔵」、粛粲寶(しゅくさんぽう)美術館「S-Gallery」、地場産品研究開発施設「S-Lab」、アルゼンチンとの友好の証として改築した「モンテネグロ会館」、まち歩きの拠点としても活用できる「干し芋カフェ」の6棟は、日本を代表する建築家である隈研吾氏の設計という点を強調。著名建築家のファンらを呼び寄せる。

境町と運行を受託するBOLDLYでは2期運行に続いて、新規のバス停を追加したうえでオンデマンド運行にも乗り出す予定だ。さらに、自動運転バスの活用事業として貨客混載の試験導入にも取り組む。BOLDLYによれば、「河岸の駅さかい」内のさかい河岸ベーカリーから道の駅「さかい」まで毎日届けているパンを自動運転バスで利用者とともに運ぶことを、まずは想定しているという。

こうした取り組みの先に見すえるのは、自家用車に頼らずに生活できる地域社会の姿だ。まちなかに無料で利用できるWi-Fi通信環境を整えれば、高齢世帯でも必要に応じて自動運転バスのオンデマンド運行を利用できるようになる。交流人口や関係人口の増加に加え、居住人口の減少を食い止められるようにもなることにも期待を寄せる。

橋本氏は「境町は借金の多い、何の変哲もない町だった。そこで、ここまで自動運転バスを活用できるようになるなら、全国どの自治体でも活用できるはず。できない理由を挙げるのではなく、できるようにするにはどうすればいいかを検討するようにしないと、これからの時代、自治体の存続は難しい」と、険しい表情を見せる。

自動運転バスの定時・定路線運行の導入というインパクトは、企業の拠点進出や経済活動の活性化などの副次効果まで生み出そうとしている。次は財政負担の将来増が許されない中、自家用車に頼らずに生活できる地域社会という理想の実現に向け、無人運転という財政負担を軽減できる段階にまでうまく移行できるかが問われる。

幸い、運行期間は5年間と長い。その間、関係法令の見直しが見込まれ、自動運転技術の進展も想定される。運行を受託するBOLDLY側にはさらにノウハウが蓄積され、体制整備も進んでいくに違いない。今後の展開から目が離せない。