バーチャルの試みをリアルの意思決定に

立ち上げの狙いには、日本発メタバースの健全な発展がある。ステークホルダー間の権利を巡ってトラブルが頻発し、市場がシュリンク(縮小)するのを未然に防ぐ。

中馬氏はこう指摘する。「今は収益を上げていないため権利を主張されることはないが、アフィリエイトや『投げ銭』の収入が発生し、経済活動に課金する仕組みを取るようになれば、そのうち権利を主張する関係者が現れる。ガイドラインの策定を後回しにすると、権利を巡るトラブルが重なり、市場がシュリンクしかねない」。

コンソーシアムでは2022年3月にはガイドライン案をまとめる予定。「渋谷をベースにテンプレートをつくり、国内外でバーチャルシティを展開していくときのフォーマットにしていきたい。経産省もオブザーバー参加しているだけに、ここで策定したガイドラインが日本標準に位置付けられるといい」(中馬氏)。

新たな、しかも安心できる経済圏が生み出されれば、仮想空間にはさらに多くの人が集まり、リアル渋谷との連携にも道が開ける。

バーチャルとリアルの連携はすでに見られる。

プロジェクトを主導するKDDI、渋谷未来デザイン、渋谷区観光協会の3者が「バーチャル渋谷」で2021年10月16~31日に主催した「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス2021」。主催者発表によれば、世界中から延べ55万人が参加したという。

10月28日には「JOYSOUND Presents Machico 新感覚ひとりバーチャルカラオケLIVE」を開催。声優のMachicoがカラオケ店「JOYSOUND」の一室で歌唱する様子を、「バーチャル渋谷」のステージ上に映像で流すと同時にアバター(分身)で再現し、仮装した参加者のアバターから喝さいを浴びた(図2)。

(図2)ハロウィーンイベントのひとつとして開催された「JOYSOUND Presents Machico 新感覚ひとりバーチャルカラオケLIVE」(画像提供:KDDI)
(図2)ハロウィーンイベントのひとつとして開催された「JOYSOUND Presents Machico 新感覚ひとりバーチャルカラオケLIVE」(画像提供:KDDI)
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中馬氏はこの試みを、リアル渋谷のカラオケボックスで遊ぶ一般のユーザーにまで広げていく構想を打ち明ける。「希望するユーザーには、アバターになって『バーチャル渋谷』のステージ上で歌い、『投げ銭』を通じて収益を得られるサービスを提供したい」。

リアルの遊びをバーチャルの経済活動として取り込むだけではない。バーチャルの試みをリアルの意思決定に取り込み、実在都市のまちづくりに生かすことも考えられる。

例えば、再開発ビルのテナント選定。ビルの完成時期がまだ先だとしても、その姿は図面データを基に仮想空間上にすぐに再現できる。「どういうテナントがいいか、ユーザーの声をそこで聞くことが可能」と中馬氏。ユーザーの声に敏感に反応するまちづくりが将来実現できるようになるのではないか、とみる。

実在都市のデジタル化をけん引する役割

実在都市は仮想空間と違い、柔軟性・弾力性に欠ける。一度つくり上げると、そう簡単には変えられない。さらに実在空間に存在しているため、その場に行かないと価値を体験できない。スペース上の制約も受ける。誠に窮屈だ。

ところが仮想空間は、これらリアルの窮屈さから解放される。「バーチャルファーストでまず試してみて、その結果が良ければ試みをリアルに落とし込んでいく、そうしたまちづくりが可能になるのではないか」(中馬氏)。仮想空間との連携によって、実在都市の価値向上を図れる可能性も見込める。

さらにもう一つ、実在都市のデジタル化をけん引する役割も果たす。

仮想空間でコンテンツを生成しようとするときには、例えば在庫情報のような実在都市のデータが欠かせない。裏を返せば、「デジタル化が進んだまちや店舗などだけが、仮想空間とつながることが可能」(中馬氏)ということ。バーチャルの経済圏に参画したいという思いが、リアルのデジタル化を推し進めようという動機につながる。

実在都市のまちづくりのあり方を変革する可能性がある都市連動型メタバースは、今後もいくつか登場する見通しだ。

大阪府と大阪市は2021年12月、KDDIを代表企業とする共同企業体への委託事業を通じて「バーチャル大阪」を立ち上げ、一部エリアの公開に踏み切った(図3、4)。2025年国際博覧会(大阪・関西万博)の開催に先駆け、大阪の魅力を国内外に発信し万博への期待感を高めるとともに、大阪の新たな文化の創出・コミュニティーの形成にも寄与することを狙いに挙げている。

(図3)2021年12月に一部エリアの公開が始まった「バーチャル大阪」。大阪のシンボルとして、万博記念公園内の太陽の塔が用いられている。公開エリアの順次拡大に向け、ツイッターでアイデアを募集している(出所:バーチャル大阪)
(図3)2021年12月に一部エリアの公開が始まった「バーチャル大阪」。大阪のシンボルとして、万博記念公園内の太陽の塔が用いられている。公開エリアの順次拡大に向け、ツイッターでアイデアを募集している(出所:バーチャル大阪)
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(図4)「バーチャル大阪」では2021年12月19日、漫才日本一決定戦「M-1グランプリ2021」の敗者復活戦や決勝戦の模様をイベント会場で配信した。会場内では2019年に王者に輝いたミルクボーイがアバターで実況を担当。持ちネタも披露した(出所:バーチャル大阪)
(図4)「バーチャル大阪」では2021年12月19日、漫才日本一決定戦「M-1グランプリ2021」の敗者復活戦や決勝戦の模様をイベント会場で配信した。会場内では2019年に王者に輝いたミルクボーイがアバターで実況を担当。持ちネタも披露した(出所:バーチャル大阪)
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さらに、東日本旅客鉄道(JR東日本)がJR高輪ゲートウェイ駅前で進めている「品川開発プロジェクト」での展開も見込まれる。KDDIはJR東日本と同プロジェクトの共同推進に取り組む間柄だ。

この一帯は東京や日本の新しい玄関口という位置付け。JR東日本ではビジネス目的にしても観光目的にしても、東京や日本を訪れた時にまず降り立ってもらえるまちを目指すという。「そのコンセプトに立つと、仮想空間の役割はイメージしやすい。2024年度を見込むまち開きを前に、メタバースを立ち上げたい」(中馬氏)。

ただKDDIでは、都市連動型メタバースをむやみに増やしていく考えはない。仮想空間に集まる動機付けを持たせられないような都市や、そもそも仮想空間に人が集まりそうにない都市では、経済圏を生み出せず、ビジネスとして成り立たないからだ。

多くの人を引き付けることで、文化を生み出し、経済圏を築き上げようとする仮想空間。その広がりが実在都市をどう変えていくのか――。都市連動型メタバースの元年とも言えそうな2022年の動向から、目が離せない。