新型コロナウイルス禍や電子商取引(EC)市場の伸びを背景にライフスタイルが一段と多様化している。変化に対応しようと、生活圏内でより豊かな暮らしを楽しめるようにする新ビジネスが登場してきた。三井不動産や同グループの新会社であるShare Tomorrowは「移動産」の発想とデジタルの活用で、ニーズに応じた商品・サービスを柔軟に提供する。

東京・晴海のタワーマンション前。商品を積んだそろいの車両が3台停車する。一つは、ふんわり食感が人気という「台湾発祥純生カステラ」を販売する店舗。テレビの情報番組で取り上げられていたこともあり、道行く人に知られてはいそうだ。

朝10時過ぎ。自転車で通りがかりの30代らしき女性がサドルにまたがったまま車両の脇に立つスタッフに問う。「何時まで?」。スタッフが答える。「14時までです」。用事を済ませてから、帰りがけに立ち寄ろうという算段のようだ。

そろいの車両にはボディに「MIKKE!」の文字。三井不動産が設立した新会社のShare Tomorrowが東京湾岸エリアを足掛かりに展開する「シェアリング商業プラットフォーム事業」の名称である(写真1)。「みっけ!」と読む。

(写真1)東京・晴海のタワーマンション前に出店する「MIKKE!」の移動商業店舗。車両は、デザインはおそろいだが、大きさは3つのサイズを用意する(写真:茂木俊輔)
(写真1)東京・晴海のタワーマンション前に出店する「MIKKE!」の移動商業店舗。車両は、デザインはおそろいだが、大きさは3つのサイズを用意する(写真:茂木俊輔)
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出店区画の店舗は日時によって入れ替わる。同じ物販でも、カステラのような食料品に限らず、タオルやジーンズなど生活用品・衣料品を扱う店舗も見られる。また靴磨き・靴修理やブランド品の買い取りなどのサービスを提供する店舗もある。

都市生活者からすれば、実店舗でもオンラインショップでもない第三の店舗。生活圏内で新しい商品やサービスと出合える場だ。そういう意味ではコロナ禍を背景に住宅地にも進出し始めた飲食物の移動販売車であるフードトラックと似ている。

Share Tomorrow代表取締役社長で三井不動産ビジネスイノベーション推進部長の須永尚氏は「テナント店舗側が好きな曜日・時間帯に好きな場所で営業できる体制を築くことが目標。まず湾岸エリアで出店規模を60区画・60店舗以上に増やしたい。そこで事業性を確保できれば、ビジネスとしてスケールさせられる」と見通す。

三井不動産がShare Tomorrowを立ち上げたのは、2021年7月。東京がコロナ禍に見舞われるようになってから約1年半後のことだ。新会社設立の背景には、コロナ禍を契機に働き方や暮らし方の変化が加速したことがあるという。

須永氏はその変化をこう捉える。「テレワークの普及によって働き方の自由度が一段と高まってきた。例えば仕事はオフィスで、暮らしは住まいで、という従来のアセット機能はボーダーレス化しつつある」。

住まいとの境がボーダーレスになり始めているのは、オフィスに限らない。須永氏が例に挙げるのは、レジャーの場の一つである映画館。これまでは映画を楽しもうと思えば、映画館に足を運んだ。ところがいまは、動画配信サービスを住まいで気軽に楽しめる。住まいとレジャーの場もまたボーダーレスになりつつある。

モビリティ活用で3つの側面から価値創出

例えば仕事にしてもレジャーにしても、都市生活者がやりたいことをどこでやるか――。そのための場は必ずしも、仕事用としてまたレジャー用として提供されるアセットに限らなくなっている。こうした用途とアセットが切り分けられるという動きの中でいま大きな存在感を放ちつつあるのが、一つにはオンライン上の場なのである。

三井不動産グループはデベロッパーとして住まいの場を提供してきた。しかし環境変化を念頭に置くと、従来型のビジネス展開では都市生活者のニーズに応え切れないという。新会社設立の起点にはこうした危機感がある。須永氏は「生活者が望むことに対して何ができるか、グループ全体として考えていく必要がある。Share Tomorrowでは環境変化に対応した新しいサービスの提供を検討していく」と意気込みを見せる。

そうした新しいサービスを提供する手段として三井不動産がShare Tomorrow設立の前から着目していたのが、モビリティである。同社は2020年12月に「モビリティ構想」を発表し、現在の「MIKKE!」に相当する移動商業店舗や次世代移動サービス「MaaS(マース)」などに取り組むことを明らかにしていた。

三井不動産ではこの「モビリティ構想」の中で、以下の3つの側面から価値創出を図る考えを打ち出している。

第一は、「アセット」という側面だ。「アセット」の枠組みを超えた可動型の柔軟なサービスの提供や多様な「アセット」を効率的に組み合わせて使い分けるための移動サポートによって、その価値創出を図る(図1)。この可動型の柔軟なサービスがまさに移動商業店舗。構想発表時には「『不動産』の『移動産』化」とたとえた。

(図1)「仕事は本社ビル」「暮らしはマンション」「買い物は商業施設・店舗」というように用途とアセットを1対1で結び付け、互いを切り分ける図式は、ライフスタイルの変化で必ずしも当てはまらなくなり始めている(資料提供:三井不動産)
(図1)「仕事は本社ビル」「暮らしはマンション」「買い物は商業施設・店舗」というように用途とアセットを1対1で結び付け、互いを切り分ける図式は、ライフスタイルの変化で必ずしも当てはまらなくなり始めている(資料提供:三井不動産)
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第二は、「まちづくり」という側面である。まちなかにはカフェや公園など都市生活者にとってお気に入りの場、言わばお気に入りのコンテンツが、多様に存在する。それらのコンテンツは集客の拠点としてまちづくりで大きな役割を担う。モビリティを活用することでコンテンツへのアクセスを改善し、まちににぎわいをもたらす。

第三は、「体験価値」という側面だ。移動商業店舗やMaaSへの取り組みはコンテンツへのアクセスに「コンテンツが移動する」「自らが移動する」という異なる2つの方向の選択肢を生む(図2)。コンテンツへのアクセスを容易にすることで新しいコンテンツとの出合いを促し、生活圏での新しい体験価値をつくり出す。

(図2)現在地から目的地に向かう流れは次世代移動サービス「MaaS」が受け持ち、目的地から現在地に向かう流れは移動商業店舗で受け持つ。いずれにしても、自宅やオフィスを拠点とする都市生活者と不動産・コンテンツとの間のアクセスは容易になる(資料提供:三井不動産)
(図2)現在地から目的地に向かう流れは次世代移動サービス「MaaS」が受け持ち、目的地から現在地に向かう流れは移動商業店舗で受け持つ。いずれにしても、自宅やオフィスを拠点とする都市生活者と不動産・コンテンツとの間のアクセスは容易になる(資料提供:三井不動産)
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Share Tomorrowは三井不動産グループの新規事業の開発・推進を担う会社としてまず、この「モビリティ構想」の実現に挑む。

ビジネスとして先行するのが、移動商業店舗。冒頭に紹介した「MIKKE!」である。2021年11月から、湾岸エリアのマンション、オフィスビル、駐車場、公園で、食物販・物販・サービス店舗の出店を開始。20区画・10店舗から取り組み始め、2022年春をめどに60区画・60店舗以上に広げていく方針だ。