郊外住宅地が、高齢者の増加と若年層の減少のダブルパンチに見舞われようとしている。地域の資源を生かし、まちの魅力を持続させるには、どうするか――。課題は、担い手の確保だ。東急田園都市線沿線ではここ10年、地元横浜市と東急が連携し、民間、行政、地域の「三すくみ」からの脱却を図ろうと、次世代を見すえたまちづくりに取り組む。
東急田園都市線の青葉台駅から歩いて2分の場所にある青葉台郵便局のビル。5月22日の日曜午後、2階の一角でトークフェスタが開催された。テーマは「田園都市で暮らす、働く、楽しむ」。会場にはざっと50人以上が詰めかけた(写真1)。
「ピッチトーク」では、沿線地域を拠点に活動する団体、学校、企業の担当者が、それぞれの活動をテーマに沿った視点で紹介。例えば神奈川県立元石川高校の教員は選択科目である「アントレプレナーシップ」での取り組みを、三菱ケミカルの担当者は地域住民との共創を念頭に置いたリビングラボ活動への取り組みをそれぞれ5分程度で披露した。
主催は地元横浜市と東急。両者は2012年4月、次世代郊外まちづくりの推進に関する協定を、有効期間5年を前提に締結し、郊外住宅地の再生型まちづくりに取り組んできた。2022年4月には2度目の協定更新を終え、3期目の活動に入っていた。トークフェスタは、その号砲とも言えるイベントである。
第3期の活動では、従来の「暮らす、働く住宅地」という位置付けを、トークフェスタでテーマに掲げた「暮らす、働く、楽しむ住宅地」に改め、「楽しむ」という要素を融合させた自由で豊かなライフスタイルを提案する方針だ。産学公民が新しいつながりやサービスが生まれることの楽しさを実感して参画しないと、まちづくり活動の持続・展開は望めない、という認識が背景にはある。
確かに、楽しくなければ、続かないし、広がらない。ただ、産学公民の参画はそもそもなぜ必要なのか。次世代郊外まちづくりの背景にある課題を整理しておこう。
課題としてまず挙げられるのは、郊外住宅地一般と同様、高齢者の増加と若年層の減少である。田園都市線沿線の開発計画が始まったのは、1950年代。以降、土地区画整理事業で宅地が供給され、今では開発総面積約5000万m2に60万人以上が暮らす。東急独自の推計によれば、沿線市区では高齢化が進む一方、生産年齢人口は減少する見通しだ。
もう一つ指摘されるのは、コミュニティの希薄化である。たまプラーザ駅の北側一帯に居住する約6500世帯を対象に市と東急電鉄(当時)が2012年7~8月に実施したアンケート調査では、「地域とのつながりが必要に感じる」という回答者は90%を超えたのに対し、実際に「地域とのつながりを感じる」という回答者は50%にとどまっていたという。
注目したいのは、市や東急が3つ目の課題として挙げるものだ。それは、民間、行政、地域の「三すくみ」の構図だ(図1)。郊外住宅地の課題は上記のように明らか。ただ誰がそれに正面から向き合うのかという、その克服に向けた担い手の問題とも言える。
「三すくみ」から脱却し、担い手の掘り起こしへ
郊外住宅地を開発する民間には事業採算性や時間の制約があり、アフターサービスを超えたまちの管理・運営にまでは手が回らない。地元の行政は財政状況が厳しいながら公的空間の管理はするものの、私有財産にまでは手を出せない。地域住民はまちの管理・運営は、行政や町会の仕事という認識が一般的だ。誰も課題に向き合おうとしない――。これが、「三すくみ」の構図である。
これらの課題を克服するには、「三すくみ」からの脱却を図り、新しい担い手の掘り起こしが不可欠。それだけに、まちづくりには多様な主体の参画が求められる。産学公民の参画を促すことは、そうした担い手の確保に向けた取り組みにもなる。
市と東急はまず、民にあたる地域住民を巻き込む形でまちづくりを進めてきた。第1期の2012年6月にはたまプラーザ駅の北側一帯をモデル地区に選定し、アンケート調査、キーパーソンへのヒアリング、ワークショップなどを重ねた。並行して、民間企業、学識経験者、地域で活動する専門家で構成する部会を組織し、暮らしを豊かにするインフラの仕組みづくりについても検討を進めた。これらの成果を踏まえ、2013年6月には「次世代郊外まちづくり基本構想2013」を発表した(図2)。
ここで示したのが、「コミュニティ・リビング」という考え方である。歩いて暮らせる範囲に、福祉、医療、子育て、コミュニティ活動など、地域に必要な機能を適切に配置し、それらを密接に結合させていこうというものだ(図3)。
この考え方の実現に向け、2013年度以降、第2期に至るまで、市と東急では年間6本程度のリーディングプロジェクトを仕掛けてきた。2013年度と14年度に仕掛けた「住民創発プロジェクト」では地域住民がまちに愛着や誇りを持って取り組める企画提案を公募し、15団体・案件を認定した(図4)。
このプロジェクトが人材の掘り起こしに果たした役割は大きいという。市建築局住宅部住宅再生課長の村上まり子氏が「地域住民の行動力はすごい。地域の人材を掘り起こせたのは大きな成果だ」と言えば、東急沿線開発事業部開発第二グループ事業企画担当の藤本るん氏も「住民主体で自走できる活動が生まれてきた。プロジェクトを回せる活動団体がさまざまなエリアで増えていくことが、まちづくりでは重要」と指摘する。
もう一つの成果と言えるのは、「コミュニティ・リビング」の考え方では「交流拠点」と位置付けられる施設が、モデル地区内に2カ所、青葉台駅近くに1カ所整備されたことだ。青葉台駅近くの施設は、冒頭紹介したイベントの会場にあたる。
モデル地区内の一つは、「さんかくBASE」という愛称を持つ「WISE Living Lab」だ(写真2)。たまプラーザ駅北口から歩いて10分ほどの場所にあるモデル住宅併設の営業拠点を、東急電鉄(当時)が自ら共創スペースやコミュニティ・カフェを備えた活動拠点や情報発信の場として生まれ変わらせ、2017年5月に開業した。