“縁の下の力持ち”が成し遂げた偉業

装置の開発は、パナソニック プロダクションエンジニアリング株式会社の柴田徳啓氏らのチームが担当した。柴田氏は同社でロボティクス事業推進部 ロボット事業課の主任技師を務め、長年にわたり工場の生産設備を手がけてきた、根っからの“メカ屋”でもある。

パナソニック プロダクションエンジニアリング株式会社
ロボティクス事業推進部
ロボット事業課
主任技師
柴田 徳啓氏

「私がこれまで携わってきたのは、製品を作る装置を開発する仕事です。量産する製品には、高さが何ミリ、幅が何ミリといったような仕様が必ずあります。しかし今回は細胞、生き物が相手ですから(笑)。最初は本当に手探りで右も左もわからず難儀しました」(柴田氏)

柴田氏はまず、小長谷氏から「細胞とは何ぞや、使用する道具のピペットやシャーレ(培養皿)とは何ぞや」というところからレクチャーしてもらい、ゼロから細胞培養の流れを教わった。そして頻繁に京都大学 iPS細胞研究所に通っては、研究者による培養の様子をビデオに収めて持ち帰り、チーム全体で共有した。

「例えばシャーレに液を注入する行為ひとつを取っても、そこにさまざまなテクニックが必要だと学びました。我々はピペットで液を吸ってシャーレに入れるだけでいいと考えていたのですが、皿の壁に沿って泡が出ないようにそっと注入してほしいとリクエストされました。そうした細かい部分も装置の動きに反映しています」(柴田氏)

最も難しかったのは、iPS細胞を増やす継代の際、シャーレの底にある細胞を“剥がす”行程だった。底に細胞が残らないようにするために「シャーレの揺らし方を微妙に変えるプログラムを組んでいる」(柴田氏)という。それはまるでワイングラスを揺らすような繊細さだそうだ。柴田氏は当時をこのように振り返る。

「人は加減を見ながら動きを止めることができますが、装置は数値でしか制御できません。熟練の研究者がやっているコツを再現するために、パラメーターを調整するのに非常に時間がかかりました」

装置が完成した際には「よくできましたね」と京大の関係者から感嘆の声が上がった。トレーニングや作業など、人的負担の削減もさることながら「一定品質のiPS細胞を担保できるようになったことに喜びを感じているようでした」と柴田氏は語る。

完成品はクリーンベンチ(無菌実験台)と置き換えが可能なコンパクトサイズとなっており、実験室にも設置しやすい。装置内部は操作部分、インキュベーター部分、観察部分、コンタミ防止部分などがモジュール化され、ニーズに応じて多彩なカスタマイズが可能だ。さらに装置の動作を組み合わせることで独自プログラミングを作成できるなど、柔軟性の高い設計とした。

「モジュール化したのは、容易に変更の対応ができるからです。最初から最後まで仕様を固めてしまうと、変更するにも大きな手間がかかります。これら汎用性があるのも今回の装置の強みです。細胞培養に必要なユニットはすべて組み込んでいますから、iPS細胞以外の培養にも横展開が可能です」(柴田氏)

完成以降、全国から“ぜひ装置を見たい”との引き合いは多く、現在、大阪・門真市のパナソニック プロダクションエンジニアリング株式会社にデモ機を設置する計画が進んでいる。iPS細胞培養はすべて同じ手順(プロトコル)ではなく、例えば研究機関や製薬企業によっても異なるため、事前の実証は必須だからだ。この事業が軌道に乗れば、さらなるiPS細胞の安定供給が見込める。

「我々の部署は“縁の下の力持ち”がミッションで、パナソニック全社のコアデバイスを作るためのマザーマシンを製作しています。しかし、こうして再生医療や創薬を発展させる一端に貢献できました。そのことに大きな誇りを感じています。

iPS細胞自動培養装置は、これまでの我々の知見から得た技術や仕組みを応用して組み合わせたものです。だからこそ、さまざまな可能性が生まれます。“新しい製品を作らなくては”と構えなくても、技術を組み合わせて総合力で立ち向かえばここまでできる、といった好例でしょう。これぞ、日本企業が得意とする部分なのです」(柴田氏)

「万能細胞」とも呼ばれ、多くの可能性を持っているiPS細胞。iPS細胞自動培養装置の誕生により再生医療や創薬分野の研究がどのように加速し、発展していくのか、今後に注目していきたい。





画像解析技術によって、質の高いiPS細胞をどのように見分けているのか。
さらに、ロボティクス技術を組み合わせたこのソリューションで描く未来とは。

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