まるでスタートアップ、俊敏に顧客からの要望を反映

開発を手がけたイノベーションセンターは各事業部から独立した存在として2015年に開設し、画像、音声、無線、デバイスなどの技術開発を行っている。さらに普段は社内の奥にいる技術者がお客様と向き合うビジネスの最前線に赴き、お客様の困りごとを解決するためのソリューションをお客様と共に創り上げていく「共創」をミッションとする。

骨伝導ヘッドセットも共創からスタートした。イノベーションセンターの技術交流会にトヨタ自動車を招き、多彩な技術を紹介する中で「もしかしたら騒々しい工場の現場で使えるのではないか」と意見交換を行い、その発想に至ったのが始まりだ。中尾氏は、当時の様子をこう振り返る。

「工場の現場に足を運んでみると非常に騒音が大きく、トランシーバーでのグループ通話にも支障が出る状態でした。業務連絡は必須ですし、プレス・鍛造工程では難聴防止のために耳栓着用が必要で、会話自体が困難な状況。だからこそ骨伝導技術が生きると確信しました。我々の技術で現場の業務改革に貢献したい、その思いが開発の大きなモチベーションになったのです」(中尾氏)

パナソニック株式会社 コネクテッドソリューション社
イノベーションセンター
アクチュエーション事業統括部
デバイス技術開発部 開発第4課 課長
中尾 克氏

実際のプロジェクトは予想以上に難航した。実証試験の間は人手も予算も不足する中で進めなくてはならず、試作過程も紆余曲折を経た。2015年からトヨタ自動車との実証試験が始まり、翌2016年には量産開発の取り組みに着手したものの、キーデバイスのディスコンや企画見直しのために中断を余儀なくされ、新たなキーデバイス開発と設計仕様変更でじつに9カ月を要した。

2017年には改めて量産開発の取り組みを再開したが、今回のコアメンバーは量産経験が少ないというデメリットがあった。そこでイノベーションセンターの各部門がお互いにサポートし合うプロジェクト体制へと移行。発売にこぎつけたのは2018年のことだ。社内メンバーの助けをもらいながら降りかかる課題を解決しつつ、一方ではベンチャー企業のように何から何まで自分たちでこなす。およそ大企業らしからぬ“泥臭い”姿勢で、業界初の商品を作りあげたのだ。

「トヨタ自動車様には5〜6回ほど試作品を持っていき、現場で働く人たちの意見をいろいろと伺いながら、要望に応じた仕様にブラッシュアップしていきました。最初はスマートなほうがいいかと思い、Bluetoothタイプを提案したんです。でもBluetoothはバッテリーも余計に消費するし、電波が途切れることもある。そこで結局、有線タイプに決定しました。多くのダメ出しもありましたし、最終的には足掛け2年間通ってようやくめどが立ったのです」(中尾氏)

何度もプロトタイプを重ねるのと並行して、民生品から業務用への転用には80数項目にも及ぶ基準をクリアしなくてはならなかった。中でも耐久性は注力した部分であり、ハードな落下試験や振動試験を繰り返した。ネックバンドには形状記憶合金が使われている。反り返っても壊れずに元に戻る仕組みだ。

同社の小林一大氏は、「アプローチそのものがスタートアップ的な新しいチャレンジでした。商品の企画ありきではなく、お客様と共創しながら作り上げた自信作です。技術者自身が課題を直接聞いて解決の手立てを考えるのですから、確実に解決に近づきますし、時間も短縮できるわけです」と、その取り組み自体に手応えを感じている。

パナソニック株式会社 コネクテッドソリューション社
イノベーションセンター アクチュエーション事業統括部
商品開発部 企画・開発課
主務
小林 一大氏

隠された“音のレシピ”、それこそがモノづくりの矜持

制作チームの一員である田坂啓氏は、もともと映像部門でシースルーのヘッドマウントディスプレイ(HMD)を手がけていた。途中からプロジェクトに加わった田坂氏は「最初に骨伝導の音を聞いて、ここまで音のヌケが良く、声の輪郭がはっきりと聞こえることに感銘を受けました」と話す。

パナソニック株式会社 コネクテッドソリューション社
イノベーションセンター アクチュエーション事業統括部
デバイス技術開発部 主任技師
田坂 啓氏

パナソニックには長年の伝統で受け継がれてきた“音のレシピ”があるのだという。「その音のレシピがもとになって民生品を開発してきました。今回も、レシピをわかっている担当者が携わったからこそ、クリアな音声コミュニケーションが可能になったのです」(田坂氏)。

レシピをもとに音作りを手がけたのは、この道一筋のベテランである国本浩氏だ。国本氏は「とにかく聞きながら改良を重ねていく。地道なトライの繰り返しです」と謙遜するが、中尾氏は「音作りには確実に経験値が反映されます。日本のモノづくり、パナソニックの総合力と知見が現れた部分です」と高く評価する。

パナソニック株式会社 コネクテッドソリューション社
イノベーションセンター アクチュエーション事業統括部
デバイス技術開発部 開発第4課 主任技師
国本 浩氏

現在はトヨタ自動車に続き、鉄道会社でも骨伝導ヘッドセットが採用された。その鉄道会社では数名のチームによる線路の点検作業で利用している。耳をふさがないため列車の接近音や作業員同士の会話も聞くことができ、とりわけ安全面での安心感が増した。

骨伝導ヘッドセットの利用範囲は、現場作業だけにとどまらない。テレワーク推進が盛んな現在、在宅で育児中の社員にとっては利便性が高まると見ている。なぜなら小さな子どもの声を聞き、様子をケアしながら会社とコミュニケーションが取れるからだ。試験的に育児中の社員にモニターしてもらったところ、前向きな意見が多かったという。

実際に骨伝導ヘッドセット着用した様子。イヤーフックは回転式なので、頭部のサイズに合わせて調整が可能

それ以外に可能性を感じさせるのが、音声入力による活用法だ。小林氏はさまざまな業界の声を聞く中で、次のようなトレンドを実感している。

「いま作業現場では音声認識によってエビデンス(証言)を残すニーズが増えてきています。そのエビデンスをもとに熟練者の技術を新人に継承するのです。背景には現場の深刻な人材不足があります。音声入力ならそのままデジタルデータ化できますし、我々の指向性マイクは認識率が高く好評です。キーボードの文字入力に比べて音声入力はこれまでの手入力に比べて時間短縮もでき、工数削減にもつながるのもメリットです」(小林氏)

また鼓膜を使わずに済む骨伝導ヘッドセットは加齢とともに聴力が弱くなりがちな高齢者にも優しく、これからの日本社会にとって欠かせないデバイスになる可能性も秘める。中尾氏は「今後も人びとの暮らしを豊かにするデバイスを生み出していきたいですね」と目指す未来を話してくれた。





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