<この記事を要約すると>

  • 植物由来の「セルロースファイバー」を混合した“環境に優しい”樹脂をパナソニックが開発
  • その素材にアサヒビールが着目し、共同でリユースカップを開発。すでにさまざまなイベントで好評を博している
  • 両社による開発のきっかけから裏側、そしてパナソニックの技術者が語るセルロースファイバー樹脂のすごさとは?

昨今、海洋プラスチックごみや石油資源の枯渇・地球温暖化といった環境問題から、プラスチック量の削減が世界的に求められている。本記事では、環境に配慮した次世代素材の取り組みをピックアップ。植物由来の「セルロースファイバー」を混入させた樹脂を開発したパナソニックと、その樹脂を活用して生み出された「リユースカップ(森のタンブラー)」を共同開発したアサヒビール、双方の担当者に開発の経緯、及び今後の展望を聞く。

木に含まれるセルロースファイバーを成形材料に活用

2015年、国連総会でSDGs(持続可能な開発目標)が定められて以降、世界はサステナブルな方向へと舵を切りつつある。SDGsが扱う領域は多岐にわたるが、海洋プラスチックごみ問題をはじめとする環境課題の解決は喫緊のテーマである。

こうした中、環境省では次世代のバイオ素材として植物由来の「セルロースナノファイバー(CNF)」に注目している。CNFとは、すべての木材に含まれている木材繊維を微細化した素材だ。その特性から間伐材などの森林資源、産業廃棄物を含む植物資源の有効活用が可能となり、環境負荷の少ない持続型資源として期待されている。

2000年代半ばから研究開発が進み、近年ようやく実用段階へと進化。これを受け、環境省は2015年からCNFを活用したモデル事業を推進してきた。事業者の1つとしてパナソニックが指名され、「平成27〜29年度 CNF製品製造工程におけるCO2排出削減に関する技術開発」「平成28〜29年度 CNFの家電製品搭載に向けた性能評価および導入実証」を連続して受託した。

そこでの知見を活かし、パナソニックでは2018年8月に新軽量素材「セルロースファイバー樹脂」を一部に採用したコードレススティック掃除機「POWER CORDLESS(パワーコードレス)」を発売。これは国内の家電では初となる事例だ。続く2019年7月には、55%以上の濃度でセルロースファイバーを樹脂に混合した高濃度セルロースファイバー成形材料を開発。主成分を天然由来成分が占めることになり、プラスチック使用量の削減が期待できる。また白色で着色自由性が高いことに加え、独自の成形技術によって木材の質感を残したぬくもりのあるデザインにも成功した。

このSDGsに則した“環境に優しい素材”にアサヒビールが着目し、共同でビール用リユースカップの開発をスタート。2019年7月、「森のタンブラー」の名前でリユースカップが完成した。

パナソニックとアサヒビールの共同開発で生まれた「リユースカップ(森のタンブラー)」

「使い捨てしないカップを作る」。強い思いから始まった挑戦

出会いのきっかけは、2018年7月にパナソニックが開いた技術交流会だった。橋渡し役を務めたパナソニックの福間健悟氏は、当時をこう振り返る。

「オリンピック・パラリンピックのパートナー同士(パナソニックはワールドワイド公式パートナー、アサヒビールは東京2020ゴールドパートナー)という背景もあり、両社で技術やアイデアを交換しながら新規ビジネスを創出する目的で技術交流会を開催しました。さまざまな技術を披露しましたが、その中でもとくにセルロースファイバーを混合した樹脂素材に興味を示していただいたのです」(福間氏)

パナソニック株式会社
ビジネスソリューション本部
営業推進部 ソリューション二課 主幹
福間 健悟氏

強く反応したのは、アサヒビールの古原徹氏である。古原氏はアサヒビールで容器包装の開発・研究に従事し、普段から容器のリサイクルやエコに対して高い関心を持っていた。東京2020大会に向け、SDGsの包括的な機運が高まるタイミングと相まって「まさに環境に配慮した素材を探していた」(古原氏)中での出会いだった。

「例えばアサヒビールのロゴが書いてあるプラスチックカップだけで年間1200万個も消費されており、無地のカップも含めればそれ以上になります。そのため日頃から、そもそも使い捨てしないカップを作るにはどうすればいいかを考えていました。

そこでセルロースファイバー樹脂を見たとき『これでカップを作ったらどうなるだろう?』と閃いたのです。それまでもお客様から見て価値のある素材をたくさん探してきましたが、この素材は“繰り返し使いたくなる魅力”を備えていました。まず見た目と手触りが木材の質感を残していて、非常に情緒的価値が高い。また、私はビールの泡立ちを良くする容器の研究をしているのですが、セルロースファイバー樹脂は植物繊維を混合しているので表面に微細な凹凸が現れ、泡立ちが良くなる見込みがありました。この2つの理由から、その場で『ビール用のリユースカップを作りましょう』と申し出ました」(古原氏)

アサヒビール株式会社
イノベーション本部 パッケージング技術研究所
開発第一部 副課長
古原 徹氏

そこからの動きは、トップ企業同士のコラボとは思えないほど早かった。古原氏は大阪にいるパナソニックの技術者と毎日のように電話でやり取りを交わした。セルロースファイバー樹脂は繊維を混合しているため金型への樹脂の流れが悪く、薄くすることが難しい素材だが、外から透けて見えるほどの薄さにすることにこだわった。これは「ビールを注いだときに泡との境目が外からも見えるようにしたい。そのほうがお客様も木なのに透けて見える驚きがあるし、注ぐほうもどこまで入っているかひと目でわかる安心感がある」(古原氏)との狙いからだ。

ビールを注いだときに泡との境目が外からも見えるよう工夫が凝らされている

加えて古原氏は、あえてムラを作ってくれるようにリクエストした。本来、樹脂部品のセオリーはまったく逆で、ムラがあれば不良品となる。しかし森のタンブラーは“繰り返し使いたくなる、世界にひとつだけのマイタンブラー”という付加価値を求めた。そこでパナソニックの技術者たちは成形をコントロールし、独自性を高めたタンブラーを作ることに注力した。

副産物とも言える“香り”も手に入れた。森のタンブラーを手に取ると、薄っすらと木材由来の甘い香りが漂い、嗅覚で自然らしさを楽しむことができる。「実はパナソニックとしては香りがつくことに頭を悩ませていました。素材に匂いが残ることは我々の常識ではあり得ませんから。しかし、古原氏は『ビールにも合うポジティブな香りです。ぜひ残してください』と言ってくれたのです」と福間氏。視点が変わることで価値が生まれた好例と言える。

妥協のない試作品を求め続けた結果、技術交流会からわずか半年ほどで最初のサンプルが完成。完成を祝ってアサヒビール、パナソニックチームでサンプルを使って祝杯をあげたそうだ。古原氏はその日のことを鮮明に覚えている。

「見た目や手触りはもちろんのこと、実際にビールを注いで飲んだらクリーミーでのど越しが予想以上に良いものでした。アサヒビール独自の泡の評価方法によって、通常のプラカップより5分の1ほど細かい泡という裏付けも取れています。ここまで来たらあと一歩。イベントを中心に実証実験を行って、一刻も早く世に出したいとの思いがより一層強くなりました」(古原氏)

プラスチックカップに比べ、5分の1ほど細かい泡をつくることができる

その後、2019年3月に東京・墨田区にあるアサヒビール本社脇のイベントで花見の時期にあわせてテストリサーチを実施。以降、これまでにJリーグ・ガンバ大阪のホームゲームや「つくばクラフトビアフェスト2019」などで限定販売され、いずれも購入者から高い評価を得ている。

「つくばクラフトビアフェストでは3日間で4000個を展開し、会場内で繰り返し使用されることで約15,000個の使い捨てプラスチックカップを削減しました。お客様の反応はとてもポジティブで、とくに若い世代を中心にSDGsに対する意識の高さを感じました。屋外で見ると太陽光が透けて見えるので、木材らしさが強調されます。製品としての魅力は抜群です」(古原氏)

4000個を展開したつくばクラフトビアフェストの様子

このプロジェクトに対して、双方の社内ともに否定的な意見は皆無だ。これまでは実証実験のフェーズだったが、アサヒビールでは本格的な展開をにらみ、プロジェクトチームを結成した。「来年以降、形のある持続的なビジネスとしてどのように広げていくかをまさに今、決めているところ」(古原氏)。現在の位置付けとしてはESG(環境・社会・ガバナンス)の取り組みが軸であり、スーパードライとの抱き合わせ販売で利益を追うビジネスではないと語る。

「将来的に“使い捨て”という行動自体をなくしていきたいのが目標。生活者の行動を変えることこそ私が考えるイノベーションであり、業界で影響力を持つアサヒビールが先駆けて発信し、啓発していくことに意味があるのです」(古原氏)

一方の福間氏は「カップと言えど、我々としては今まで挑戦したことのない分野ですから、切磋琢磨しながらカテゴリーを広げていきたい。同時に当社創業者である松下幸之助の言葉にあるように『企業は社会の公器』。社会貢献を伴う事業活動――そのDNAは社員にも脈々と受け継がれていますので、リユースの文化を社会に浸透させるところまで活動を続けられたら」と話す。

パナソニックでは今後もセルロースファイバー高濃度化のチャレンジを続け、ゆくゆくはアサヒビールから排出されるバイオ由来の事業廃棄物を練り込む究極のリサイクルも目指している。