<この記事を要約すると>

  • パナソニックが長年研究してきた「人体通信」を生かし、新たなコミュニケーションツールとして「HiT(ヒット)」が生まれた
  • 人の周りに発生させたごく微弱な電気の膜“電界”を用いて情報を伝達するもので、現在、第一弾のサービスとして婚活パーティで好評を博している
  • オープンイノベーションに賭けた思い、それを支える高い技術力、そして柔軟な発想力と素早い決断力が融合した、理想的な共創に迫る

パナソニックが技術提供を行う「HiT(ヒット)」は、人体の周辺に発生させた“電界”を媒体に情報を伝達することができる。まるでSF映画の世界だが、現在、婚活パーティで大人気のサービスとして脚光を浴びているという。開発したパナソニック、スタートアップスタジオのquantum、協力会社のツヴァイの担当者に人体通信技術、そしてHiTの可能性について聞いた。

大反響を呼ぶ技術×婚活

高齢化が進み、人口減少が続く日本。それを裏付けるかのように婚姻件数も低下傾向にある。厚生労働省の人口動態統計をもとにした報告によれば、2018年の婚姻件数は58万6481組で過去最低となり、婚姻率(人口1000人あたりの婚姻件数)はわずか4.7%。およそ半世紀前、1970年代前半の半分となった。
(参考資料:厚生労働省 平成30年(2018)人口動態統計(確定数)の概況)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei18/dl/00_all.pdf

かように未婚化が進む昨今ではあるものの、一方で婚活イベントやマッチングアプリなど、男女間をつなぐサービスは大いに盛り上がっている。当然のことながら、世の中の価値観が変わっても出会いを求める適齢期の男女は一定数いるわけで、ニーズが絶えることはないからだ。ただし、いずれの時代も壁となって立ちはだかるのは「はじめの一歩をいかに上手く踏み出すか」であろう。

人間のコミュニケーションの基本は会話だが、もしも初めて出会う婚活イベントの場で、ファーストコンタクトを握手に変えたらどうなるか。しかも握手した瞬間、目前のタブレットにそれぞれの基本プロフィールや、聞きたくても聞けない質問が表示されるとしたら?

そんな未来を体現したスマート婚活パーティを、パナソニック、quantum、ツヴァイが共同で定期的に開催している。言葉に代わり、まるでテレパシーのようにコミュニケーションの橋渡しをするのが「人体通信」と呼ばれる技術である。このパーティは非常に人気が高く、先日行われた埼玉県幸手市のイベントでは17組中13組、何と76%のカップル成約率となった。通常、5割でもかなり高い成約率であることを考えると、驚異的な数字と言える。

このサービスは、名称を「HiT(ヒット)」という。ではなぜ、婚活サービスと結びついたのか。その背景と将来的な可能性を関係者の言葉から紐解いていく。

握手からコミュニケーションがとれる「HiT」

柔らかい発想の源は「人の体を通じて信じる」

もともとパナソニックでは、旧松下電工時代の2000年代初期から人体通信を研究してきた。HiTで採用しているのは人体の周辺に発生させた微弱な電気の膜、“電界”を伝送する「電界通信方式」。独自に開発したリストバンド型デバイスをお互いが腕に巻くことで電界を発生させ、それを媒体として情報のやり取りを行う。利点は電極と人体が絶縁していても通信可能なこと。技術的にはもう1つ「電流通信方式」があるが、こちらは常に電極が人体に接している必要があり、例えばゴム手袋を着けていると通信できない可能性が高いなど利用面での制約が多い。

「電界通信はわかりやすく言えばオーラのようなもので触れ合うイメージです。パナソニックでは過去10数年間、この技術を産業用途に活用できないかと模索してきました。例えば自動車業界です。触れただけでドアが開いたり、ハンドルを握っただけで個人認証が済んでエンジンをかけたり。しかし、お客様の要望は2つ、100%の精度で通信することと、市場での実績でした。特にお客様の求める100%の精度は開発難易度が高く、時間を有する可能性がありました。ならば自動車業界に向けてブラッシュアップしてきたこの技術をBtoCに応用してみてはどうか――そう考えたのがHiTが誕生したきっかけでした」

こう話すのは、HiTの生みの親であるパナソニックの山田亮氏だ。レノボ、マイクロソフトを経て2018年4月にパナソニックに転職。マイクロソフト時代はデジタル変革に関わるプロジェクトを数多く手掛け、「今回のようなオープンイノベーションだけでなく、常にゲームチェンジの場に身を置いていた」と語る。

パナソニック株式会社
インダストリアルソリューションズ社
山田 亮氏

だが、ポンとアイデアが降りてきたわけではない。遡ること2016年、「CEATEC JAPAN 2016」で“未来の技術”の1つとして人体通信技術のデモンストレーションを行った。コンパニオンと握手するとスカートの電飾がきらめく演出が大きな話題を呼んだが、この試みをサポートしたのがquantumだった。同社はTBWA HAKUHODOの一部門がスピンアウトする形で2016年に設立。スタートアップスタジオを標榜し、エンジニア、デザイナー、戦略系コンサルタントらを抱える新規事業の専門集団である。

quantumの志和敏之氏は、「BtoCを開拓するなら、精度を求めることとは違った発想が必要になります。そこで、人体通信の今の精度でも価値が提供できそうな、人と人の間のコミュニケーションでの提供価値の探索を思い切って提案したのです。人の体を通じて信じるというか、人と人のコミュニケーションをサポートするアイデアは何かないものかと」と振り返る。これを聞いた山田氏は、目からウロコが落ちる思いがしたという。

株式会社 quantum
chief Engineer
志和 敏之氏

「その見方は私には思いつきませんでした。我々はどうしても技術ドリブンの考え方になってしまいがちですが、quantumは生活者視点からスタートした。そこから一気に“婚活業界がいいのではないか”と発展していったのです」(山田氏)

山田氏が所属するインダストリアルソリューションズ社は、パナソニックグループの中でも、とくにBtoBのお客様のニーズに「強いデバイスを核としたソリューション」でお応えすることをミッションとしており、つまり尖った技術やモノづくり品質が競争優位の源泉となるカンパニーとして知られる。「ですから技術や品質はとても安心しておりましたが、むしろマインドセットの転換に苦労しました。それまでモノ売りが基本だった思考を、このプロジェクトではサービス主体のコト売りの考え方や事業形態に変化させなくてはならない。そのために研究開発から販売までのバリューチェーンを顧客視点で再考しました。幸いなことに、弊社エグゼクティブもいままでのやり方を変えていく強い姿勢を示していたことも重なり、社内も価値ある共創を後押ししてくれましたし、何よりもプロジェクトメンバーのチャレンジスピリットに感動しました」(山田氏)