「お堅い」パナソニックが変わった

「当社の親会社FRUITECHは2006年創業で、データを通じて消費者に健康を提案するHealth IoT(HIoT)の企業。当社はそれまでエスプレッソマシンのような大きさだった尿検査の機器を、体温計大のハンディなサイズにし、取ったデータをスマートフォンのアプリで確認・管理できるようにした。当然、単独でも使えるが、パナソニックのトイレと一体化することで、できることや可能性に広がりが出ますねという話になった」(何新氏)

こうして2016年、両社はIoTトイレの開発でタッグを組むことになる。協業での苦労を尋ねる質問に、パナソニックの面々は「特段の苦労はない」と口を揃えるが、彼らの顔を見ながら何氏は、「こちらはありますよ」といたずらっぽく笑う。

「パナソニックのような大企業は当然、自分の規準というものを持っている。さらに、中国市場でビジネスをするに当たって必要不可欠なスピードある対応を求められる。当社は2014年創業の若い会社だから、スピードについては問題ない。だって、スピードを追求しなければ、若くて体力のない自分たちは倒産してしまうから。ところがさらに、パナソニックは、細部に対するこだわりも相当なものがある。これに合わせるのはかなりの苦労だった。質の高い製品を作ることについては衆目の認めるところだったから、さぞかし細部に厳しいのだろうな、ということは想像していたが、実際、一緒に仕事をしてみたら、さらに凄かった(笑)」

天津果実科技有限公司
共同創業者
何 新氏

ただ、パナソニックという大企業と試行錯誤しながら製品開発を進めていく中で、「パナソニック、ひいては日本の企業に対するイメージが変化していった」と何氏は語る。

「14億人の中国人が全員、一度はパナソニックの製品を使ったことがある、と言い切っても、あながち言いすぎではないほど、中国で『松下』の知名度はある。ただ、近年は、歴史がある分、いささか古くさい、お堅いというイメージがつきまとっていたのは事実だ」

実際、この10年の中国市場は、技術力を身に着けた地場中国の家電メーカーが、地場系の強みを生かし中国人の好みやニーズを徹底的に分析し寄り添って開発、投入した製品が人気を集めてきた。これに対し、パナソニックの製品は、人びとが人民元の札束を握りしめて、当時日本でも絶大な人気を誇った大画面テレビ「画王」を買いに走ったというような時代もあった。ただこの十数年は、技術面ではなお一目置かれていたものの、日本で売れたものをそのまま持ち込んだり、価格を下げるために日本で使っていたものより質の落ちるデザインや部材を使用した結果、「これでは中国では売れない」と大手の家電量販店から苦言を呈されたりする、厳しい状況にあったと聞く。「お堅い」「古くさい」という何氏の抱いていたイメージとも合致する。

「それがこの数年で、パナソニックの製品は、かなり中国人の好みに合うものになってきた。こうして言葉で言ってしまうと簡単だが、それを実現するのは容易なことではない。経営の様々な資源を相当な規模で中国に注ぎ込まなければできないことだ」(何氏)

天津果実と共同開発した尿検査キット。便器の肘掛けに収納する

通信インフラの充実とIoTに抵抗ない国民

病院の混雑を遠因とする罹病を解消したいという社会的使命感があり、必ずズボンを下ろすという行動が一手間を省かせるという気付きがあり、家電やトイレタリーで積み重ねてきた経験と技術があり、自らの弱い部分を補ってくれる心強いパートナーも得た。しかし、これだけでもなお、トイレをIoTで連携し、普及させるための環境が整ったとは言えない。パナソニックのIoTトイレが中国で実現したもう1つの大きな条件は、IoTという数年前までは影も形もなかった言葉と技術に全く臆することなく、軽やかに生活の中に取り込んでしまう中国の人たちの姿勢や、世界に先駆けて2019年11月から5G商用化をスタートするなど高速大容量データ通信のインフラ整備を中国が国を挙げて積極的に進めているという環境があることを忘れることはできない。

「私の60過ぎの母でも、QRコード決済『支付宝』は普通に使うし、使うことに抵抗もない。4歳の子供でも、スマートスピーカーをジャンジャン使う。家での生活、外出先、乗り物等々、中国では生活の様々な局面にIoTが組み込まれている」と王氏は言う。契約開発課の袁勇亮氏も「IoTがあれば使うのは当然、という中国人の気質はIoTトイレ製品化の大きな力になった」と話す。

松下家電(中国)有限公司
資材部 契約開発課
係長
袁 勇亮氏

こうして2017年、初の温水洗浄便座健康機と銘打った体脂肪計搭載のIoTトイレ「DL-PL40CWS」、翌2018年には1号機に尿検査と指紋認証による個体識別機能を加え、さらにマジックミラーとの連携を実現した温水洗浄便座健康一体機「Ch3385WSC」の製品化を果たした。2号機では尿検査が尿タンパク質、尿潜血、尿中微量アルブミン、PH、尿比重、尿クレアチニンの6項目、体脂肪計では体脂肪率、基礎代謝量、骨量、BMI、内臓脂肪レベル、筋肉量の6項目の測定ができる。数値はスマホのアプリに瞬時に反映されるし、連携させたマジックミラーに「ニーハオ、パナ」と呼びかければ、鏡の中にデータが浮かび上がり、朝の身支度をしながら健康状態をチェックすることができるのだ。

IoTトイレの検測結果を呼び出し表示できる「魔鏡」(マジックミラー)
杭州都心部の繁華街にあるパナソニックセンター杭州に展示されているIoTトイレ

製品がハイエンドに属し比較的高額なこともあり、販売は「現時点では老人介護施設や不動産デベロッパー等BtoBが主力。ただ、最終目標はBtoCを伸ばしていくのが目標」(沈氏)。BtoCを伸ばしていく取り組みの一環として、年収1500万元を稼ぐという人気の「網紅」(インフルエンサー)李佳琦氏をECサイト「タオバオ」(陶宝)のライブ中継で起用して注目度を上げるといった試みも行っている。

この他、IoTトイレの開発・生産拠点のある杭州の松下電器工業園内に、IoTトイレやマジックミラーはもとより、テレビを観ていないときには素通しになり背景が見えるという「透明有機ELテレビ」や、冷蔵庫のドアに設置された画面で野菜、肉、果物、飲料等の内容が把握でき、足りなくなれば同じ画面で配送の注文もできてしまう「スマート冷蔵庫」等、IoTでつないだスマート家電を取りそろえた、「憧れHOUSE」という展示スペースを設け、パナソニックの描く近未来の家と家電のあり方を提案している。

トイレをはじめとするIoT製品は、杭州都心部でも有数の繁華街・解放路にある旗艦店パナソニックセンターでも展示。一般消費者への浸透を図っている。

スマホアプリとの連携等の試験を繰り返す技術スタッフ
松下家電(中国)有限公司
小家電開発中心・温水便座設計部
開発二課 健康開発系 係長
張 灯氏

パナソニックでは次のIoTトイレで、協業の果実科技の製品をもとに心電図の測定等、機能を追加することで準備を進めている。また将来的には、「肘掛けの収納部分から取り出して、手で持って尿をかけ、自分で洗うといった、現行機の尿検査でかかっているいくつかの手間を、トイレと一体化して自動化していきたい」(王氏)という。

商品設計課でリーダーを務める張灯氏は、「いずれにせよ、大切なのは、消費者と市場。すべてはそこから考える」と力を込める。これを受けて王氏は、「そのベースにあるのは、中国人の健康に貢献する製品を造りたいという使命感。消費者の気持ちに寄り添う『了解你的関心』の思いだ」と付け加えた。