<この記事を要約すると>

  • 2017年にパナソニックが発売した「The Roast」は家庭でコーヒー豆の焙煎が楽しめるサービス
  • 生豆が毎月届くサブスクリプション方式を採用、焙煎機はアプリ操作が基本のIoTモデルと斬新な仕組みを構築
  • 開発はオープンイノベーションのアプローチで周囲の協力者を巻き込んで進んだ
  • 取り組みの経緯と開発の裏側、さらにThe Roastがコーヒー業界にもたらす少なくない影響に迫った

家にいながら、世界各国のコーヒーを楽しめたら。しかもプロの焙煎技術がそこについてくるとしたら、コーヒー好きにはたまらない。「The Roast(ザ・ロースト)」は、そんな人たちの夢を叶えるサービスだ。新たな暮らしの価値を提供する本サービスについて、開発に携わるパナソニック アプライアンス社、そして焙煎士としてサービスに関わり、2013年に「World Coffee Roasting Championship」優勝の経歴を持つ後藤直紀氏に話を聞いた。

おうちカフェに本格派の“焙煎”をプラスするThe Roastとは

コロナ下で外出が制限されて在宅時間が増えて以降、コーヒーのたしなみに変化が現れた。全日本コーヒー協会のまとめによれば、2020年は“おうちカフェ”のブームにより家庭内でのコーヒー消費量が拡大。おいしいコーヒーの淹(い)れ方や飲み方への関心が急激に高まったという。テレワークが基本となったビジネスパーソンの中には、ついつい飲みすぎてしまう人もいるのではないだろうか。

家庭用の代表格といえば、お湯に溶かすだけのインスタントコーヒー、パック入りのレギュラーコーヒー(挽いた粉)になる。挽いた粉では飽き足らず、コーヒー豆専門店で焙煎された豆を購入してミルで挽き、じっくりと淹れるこだわり派もいる。では、その上流工程である焙煎を自宅でできるとしたらどうだろうか。コーヒー好きにとってはたまらない体験に違いない。

パナソニックが2017年に発売した「The Roast」は、この体験を自宅で味わえる家庭用焙煎機である。ただし焙煎機は、仕組みの中の一要素に過ぎない。家庭向けの「The Roast Basicサービス」は、毎月自宅に生豆が届くシステム。その生豆の焙煎をプロ焙煎士の技術を搭載したプロファイル(焙煎用のレシピ)によって再現する。操作のほとんどをアプリで行ない、焙煎の状態を可視化できるデジタル家電であるのも特徴。コーヒー豆という食材までを含んだ一種のIoTプラットフォームとなっている。

The Roastをアプリを通して使用する様子。

周囲との協業で実現したオープンイノベーション

パナソニック アプライアンス社 事業開発センターに所属する井伊達哉氏は開発段階からThe Roastに携わり、現在もプロジェクトの事業リーダーを務める。パナソニックとしては異色とも言える取り組みについて、井伊氏はこう語る。

「The Roastのプロジェクトは従来のように“モノ消費”で完結せず、体験型の“コト消費”を循環させることが基本コンセプト。コーヒー市場が伸びていることもあり、何かしらコーヒーに関する新領域がないかと模索していました。そこでコーヒーメーカーの製造でお付き合いのあるコーヒー輸入商社の石光商事さんに相談に伺ったところ、『焙煎はコーヒーの味を決める上で不可欠』とのアドバイスをいただき、家庭では珍しかった焙煎に着目したのです」(井伊氏)

パナソニック株式会社
アプライアンス社
事業開発センター
井伊 達哉 氏

コーヒーの美味しさを決定づけるポイントは生豆が70%、焙煎が20%、抽出が10%と言われる。そのため当初から「毎月生豆が届き、プロ焙煎士が味を管理する」スキームを考えていたが、井伊氏らはコーヒーの専門家ではない。加えて新規事業担当部門ゆえに稼働できる人数が限られるため、周囲のパートナーの協力を得てクイックに立ち上げるオープンイノベーションを採用した。

「仕組みを作ることが最も大変でしたが、食材提供も見据えた総合的な提案をするチャレンジをしないと、調理家電を超えたステージに行かないとの思いがありました」と井伊氏。まずは石光商事の紹介で「World Coffee Roasting Championship」の初代チャンピオンである後藤直紀氏にアプローチ。後藤氏の賛同を経て弾みがつき、一気に事業化への道筋が見えてきた。

The Roastの役割分担は、生豆の供給が石光商事、プロファイル作成が後藤氏、サービス統括がパナソニックとなる。また、焙煎機の製造でもこれまでのパナソニックの常識を覆し、英国ベンチャーのIKAWA社と技術提携。IKAWA社が開発した小型デジタル焙煎機をベースにしながら、基板等の内部構造を日本向けに再設計してハードウエアを完成させた。「一昔前だったら自らの技術力を結集してゼロから製造していたと思いますが、多大なコストと時間がかかってしまう。オープンイノベーションを体現した事例として、社内でも注目されています」(井伊氏)。

自宅焙煎のメリットとして、焙煎直後の素材の価値が生かされた味を楽しめる。「フレグランス」は豆を挽いた時の香りで、「アロマ」は抽出した時の香りと味わいを指す。

自宅には、世界各国の産地から厳選したスペシャルティコーヒーの生豆が届く。スペシャルティコーヒーとは、スペシャルティコーヒー協会が定めた項目において100点満点中80点以上を獲得した豆のことである。

「良質な豆を仕入れて、きちんとした対価を支払って産地に還元することが持続可能なコーヒー生産につながります。今まで体験できなかったようなコーヒー焙煎を楽しんでいただくことでスペシャルティコーヒーに対する意識が高まれば、コーヒー業界全体も潤いプラスに発展していくはずです。単なるビジネスではなく、関わる人たちみんなが幸せになれる世界を作っていくのが1つの理想です」(井伊氏)

The Roastの実機。