The Roastは「世の中を変えるIoTツール」

後藤氏は福岡県大野城市を中心にコーヒー豆専門店「豆香洞(とうかどう)コーヒー」を経営。「The Roastになくてはならない存在」(井伊氏)として、生豆の特長にあわせた焙煎プロファイルを提供する。しかも1つの豆で「浅煎り」「中煎り」「深煎り」等の3種類のプロファイルを用意し、ユーザーはその日の気分や好みに応じて選べる。

後藤氏が経営するコーヒー豆専門店「豆香洞(とうかどう)コーヒー」。店内には後藤氏が国内外の大会で受賞した時のトロフィーも飾られている。

後藤氏は「最初にお声がけいただいたときはてっきりコーヒーメーカーの相談かと思いました」と振り返る。それが家庭用焙煎機、さらには味のプロファイルまでを含んだオファーと聞いて驚いたという。「家庭でプロの味を再現するには、かなり精度が高い焙煎機を作る必要があります。パナソニックさんは、そのハードルを超えないとサービスを始める意味がないとおっしゃって。その言葉を聞いて、これは本気だなと」(後藤氏)。

「豆香洞コーヒー」オーナー焙煎士
World Coffee Roasting Championship 2013優勝
後藤 直紀 氏

The RoastのベースとなったIKAWA社の製品を後藤氏が見た印象では、プロでさえまだ使いにくいところがあり、ましてや家庭での利用は無理だろうというものだった。「率直にその感想を使えたところ、ブラッシュアップしながら改良していきたいとのことだったので、開発のお手伝いをすることにしました」(後藤氏)。

嗅覚と味覚をフル活用する焙煎プロファイルを家庭用に開発する。今までにないトライだけに、開発は困難を極めた。業務用機器と異なり、家庭用機器では電圧を筆頭に何もかもが異なる。「プロが求める機能と安全面の両立は難しく、一進一退を繰り返しました。でもパナソニックの技術者が高い技術力で両立してくれて、最終的にベースモデルとは別物の素晴らしい製品になりました」(後藤氏)と、プロが認める自信作が生まれた。

「コーヒー豆の焙煎は目の前でつきっきりで焼き上げるものなので、自分が作ったプロファイルがまったく知らない場所で再現されることが不思議でした。あるタイミングで、“これは世の中を変えるツールだ”と直感的に思ったんです。IoTの可能性を目の当たりにし、ビッグバンの最初の光を見たような感動がありました。今はまだ我々の想像の延長ですが、普及が進めば想像以上の価値が出てくるのではないでしょうか」(後藤氏)

プロ焙煎士も導入、多忙な専門店を支え
業界全体の底上げに貢献

「自分で焙煎することで気分が高まり、より生活が豊かになる」など、実際のユーザーの声も上々だ。冒頭に記したように在宅時間が増えたことで、もともとのコーヒー好きに加え、コト体験に軸足を置いた利用者も増加傾向にある。パナソニックではWebサイト「AKATITI(あかちち)」でのコーヒー情報発信をはじめ、初回購入時には産地情報やバイヤーの声などを集めた「ジャーニーブック」を同梱。「コーヒーにまつわるうんちくやストーリーが付帯することで、知識と味がセットになって楽しめるのもThe Roastの醍醐味」と井伊氏は言う。

2018年には上級者向けとなる「The Roast Expertサービス」がスタート。自分でプロファイルが作成できる仕様で、さらなる“コーヒー沼”にはまることができる。実はこちらの需要は個人よりもプロ焙煎士が多い。焙煎の現場では本焙煎の前に少量を試すサンプルローストが必須となるが、準備に時間のかかるガス式サンプルロースターが主流。The Roastであれば家庭用電源ですぐに焙煎できるため、およそ4分の1の時間でサンプルローストが完了する。後藤氏の知り合いでも導入している人が多いという。

The Roastをタブレット端末と接続させ、実際に使用する様子。

「コーヒー豆専門店はある意味、製造業と飲食業を兼ね備えているため、とにかく忙しい。その間に素材の選定やプロファイル、商品開発もしなくてはなりません。The Roastは時間を大幅に削減してくれるので非常に助かっています。初心者が舌を鍛える意味でも役立ちます。とても細かい“目盛り”がついているので、精緻な味の違いがわかるようになるからです。私は東京・浅草の有名店に福岡から3年間通って技術を習得しましたが、The Roastはこれから始めようとする人たちにとって有能な教育ツールになる。業界全体の技術の底上げにも十分貢献すると考えています」(後藤氏)

パナソニックでは、アプリ経由で蓄積したユーザーデータを今後のサービス展開に活用するプランも想定している。「遠隔にいながらつながる世界観はIoTならでは。後藤さんや周囲の協力者の方々と連携しながら新しいサービスを構築していきたい」と井伊氏。“極上のコーヒー体験”を核とした挑戦はまだまだ続く。