コロナ禍でかつてない逆風にさらされている宿泊業界において、興味深い切り口で事業に取り組んでいる団体がある。徳島県に本拠を置き、介助サービス付きの民宿を経営している一般社団法人「旅の栞(しおり)」だ。スタッフはすべて介護従事者で、利用者のニーズにきめ細やかに対応する。高齢者、障がい者が気兼ねなく宿泊できる宿として、また介護従事者の交流拠点として運営しつつ、障がい者を雇用する地元企業と当事者の就労をサポートする宿泊施設としての準備も進めている。代表理事の榎本峰子さんはこの事業によって2020年7月、日本政策投資銀行が主催する「第8回女性新ビジネスプランコンペティション」で最優秀リージョナル・インパクト賞を受賞した。そんな榎本さんに、事業立ち上げの経緯と今後の展望について聞いた。

徳島県阿波市にある介護サービス付き民宿「旅の途中」(写真撮影:中島有里子、以下同)
徳島県阿波市にある介護サービス付き民宿「旅の途中」(写真撮影:中島有里子、以下同)

さまざまな施設での業務から制度や業界の課題に直面

徳島県の東西を結ぶJR徳島線の鴨島駅から北へ向かい、「四国三郎」の異名をもつ吉野川を渡ったのどかな住宅地に、その民宿はある。徳島の市街地から車なら約40分といったところか。民宿の前庭と駐車スペースに沿って建つ塀には、明るい壁画が描かれている。玄関前にスロープを設置する工事中で民宿が休館だったため、代表理事の榎本峰子さんからゆっくり話を聞くことができた。

代表理事の榎本峰子さん。隣家との境に立つ塀に描かれた壁面アートの前で。
代表理事の榎本峰子さん。隣家との境に立つ塀に描かれた壁面アートの前で。

榎本さんが福祉の道を目指すきっかけとなったのは、さかのぼれば小学校の支援学級にいたダウン症の同級生の存在だったが、決定づけたのは高校生の時のボランティアや学校の授業として行った高齢者施設での慰問経験だという。

介護に従事したいという思いが募り、高校卒業後の進路も介護関係へと考えていた。ところが両親の理解が得られず、大学は商経学部へ。榎本さんは「ぽっかり空いた4年間」と笑う。大学を卒業して2年あまり経った後、3歳から住んでいた大分県を出て、縁があって1人徳島に移住した。

これまでやりたかった福祉の仕事を目指し、資格も経験もなかったが、高齢者のデイサービスの現場に飛び込んだ。失敗をするたびに無知を思い知らされ、介護を根本から学び、仕事に従事しながら介護福祉士の資格を取得。知見を広げるために、重度の身体障がい者施設や高級有料老人ホームでの業務も経験した。10人程度の地域密着型のデイサービス施設では2年目で管理職の立場にもなった。

デイケア施設に勤務中、榎本さんは職場の同僚と結婚し、乳飲み子を抱えながら仕事を続けた。ここで子どもの病気などで急に休まれると業務に支障が出るということから、女性が管理職になかなかつけない現実を、身をもって体験したという。

また、要介護度によって提供できるサービスに制約があるため、それまでも利用者にしてあげたくてもできないことが山ほどあることに、やりきれなさを感じていた。

訪問介護にしても、身体支援と生活支援では支援領域が明確に分けられている。どんなに小さなことでも、どんなに利用者に頼まれても、原則、事業所と利用者の間で交わしている契約外のことはできないことになっているのだ。ヘルパーの判断でサポートをすることで支援にばらつきが出れば、ヘルパーの間にも摩擦も生まれ、利用者を混乱させることにもなる。

それは重々承知していたが、榎本さんは悶々としていた。介護従事者の社会的な立場の弱さ、就労条件の厳しさ、幼子を抱えた従事者の雇用が不安定になりがちなことや、そのため離職率が高いことなど、直面する課題の多さに頭を抱えることもしばしばだった。

現状の介護保険制度をはじめ、福祉を取り巻く国の支援制度には縛りがたくさんあって、その中では本当にやりたいことができない。それを解消するために独立したいと榎本さんは思った。具体的なビジョンがあったわけではなかったが……。