SDGs(持続可能な開発目標)が話題になる中、「ニューロダイバーシティ」という言葉が聞かれるようになった。欧米企業で先行的に採用が進む考え方で、発達障害がある人の能力に着目し、産業界で活躍の場を提供しようというもの。2021年3月、野村総合研究所(NRI)は日本で発達障害人材が未活躍であることの損失額を2兆3000億円と推計する結果を発表した。日本では発達障害と診断された人が48万人おり、潜在者を含めるとさらにボリュームは大きいと推測される。発達障害を含めたより多様な人材が活躍する日本の近未来のシナリオを、同調査のリーダーを務めたNRIコンサルタントの話を通じて探る。

日本の産業界で「ニューロダイバーシティ」という言葉が聞かれるようになった。ニューロダイバーシティとは欧米企業で先行的に進んでいる考え方だ。ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如・多動性障害)、LD(学習障害)など発達障害がある人が見せる職務特性に着目し、働き手個人と組織双方に望ましい雇用環境を作り出そうというものである。

海外の大手企業では独SAPや米ヒューレット・パッカードエンタープライズ(HPE)などが先鞭をつけ、特にソフトウエア開発を主事業とする企業において取り組みが進んでいる。数学、パターン認識、記憶などで高い能力を発揮しうるというニューロダイバースな人材は、IT分野の専門業務と特に相性が良いとされる。

厚生労働省の「平成28年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)」によれば、平成28年(2016年)12月1日時点で、日本で医師から発達障害と診断された人の数は48万1000人に上る。

発達障害がある人の特徴としては、敏感さやパターン化された行動、こだわりの強さ、他者とのコミュニケーションの取りにくさ、多動・多弁であることなどが挙げられる。身体的な差異が見られにくいことから「見えない障害」と言われている。これらはしばしば個人の性格や努力の問題などと結論づけられ、組織や社会になじめないことによりうつ病などの二次障害や社会的引きこもりなどにつながるケースも少なくない。

野村総合研究所(NRI)は2021年3月、日本国内で発達障害人材が未活躍であることによる経済損失インパクトを2兆3000億円と推計した結果を発表した(調査結果の公開資料PDFはNRIのWebページから閲覧できる)。NRIはこの推計と、少子高齢化や産業構造の変化などの社会動向を踏まえ、産業人材の確保のために発達障害人材の活躍機会を増やしていくことを提案している。

ひるがえって日本では障害者雇用促進法を通じて、特に身体障害者については産業界で受け入れる素地が確立されてきた。ただそれと比べると、発達障害がある人の受け入れは進んでいない。産業活動で発達障害人材の活躍の機会をどう創出していくのがよいか。現状、課題、展望について、NRIで本調査を主導したコンサルタントの高田篤史氏(同社コンサルティング事業本部ヘルスケア・サービスコンサルティング部主任コンサルタント)に話を聞いた。

海外調査に刺激を受けた

──日本でニューロダイバーシティというキーワードを掲げて産業界の実態を調査したケースは、これがおそらく初めてですね。

高田篤史氏(以下敬称略):私自身がニューロダイバーシティのことを知ったのは、米ハーバード・ビジネス・レビューの論文でした。前から発達障害とそれを取り巻く環境への関心は持っていたのですが、この論文を読んでさらに刺激を受けました。当社のコンサルティング部門の社員は自主的な研究活動や情報発信活動も推奨されており、その一環として調査を始めました。

※米ハーバード・ビジネス・レビューの論文『ニューロダイバーシティ:「脳の多様性」が競争力を生む』(著者はロバート D.オースティンとゲイリー P.ピサノ、邦訳はダイヤモンド社『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2017年11月号)。ニューロダイバーシティの基本的な考え方や、「ニューロダイバース」な人(非定型的な発達者)を取り込むために人事プロセスを改革した企業の動向、さらにはニューロダイバーシティに取り組み成果を出す上での要諦などが書かれている。

高田:コンサルティングの仕事を通じて顧客企業とコミュニケーションを取る機会がありますので、その際に人事部門の方々を中心にディスカッションを重ねてきました。「ニューロダイバーシティのことを知っていますか」と話題を持ちかけると、思いのほか興味を持ってくださった印象でした。

日本では障害者雇用促進法が定められており、特に身体障害者の方々への対応は先行的に進んできました。一方、ニューロダイバーシティの取り組み、つまり発達障害人材への対応についてはまだこれからという雰囲気ですね。

海外企業を調べてみますと、特にIT分野の企業はハーバード・ビジネス・レビューの論文にも記述されていたように、非常に熱量高く取り組んでいる印象を受けました。日本では少子高齢化と産業構造の変化により、特に高度IT人材の雇用確保が課題になっています。近い将来、日本の産業界が注目すべき重要なテーマになると確信しました。

ただ、日本企業の様々な方にお話を伺ったとき、予算を確保するなど具体的な取り組みに移すためには、経営層への理解が必要だといった声を受けました。全社的なアクションとして展開するには、経営層の理解が必要です。人事部門などの担当者がピンポイントで頑張っても、限界があります。

そうした状況を踏まえて、日本の経営トップの方々、ひいては日本社会全体にこのテーマの認知を広げるにはどうしたらいいかと考えました。その際に着目したのが経済損失でした。過去に、自殺やうつ病による経済損失額が公表されています(筆者注:国立社会保障・人口問題研究所による試算。2010年に年間2兆7000億円として初めて公表された)。

こうした数字があることで、自殺防止やうつ病に対する問題意識が社会で醸成されてきた面があります。そこでこれにならって、発達障害人材が活躍できていないことの経済損失額を推計することで、日本社会におけるポジティブなアクションを誘発できないかと考えました。

高田篤史(たかだ・あつし)氏
高田篤史(たかだ・あつし)氏
野村総合研究所ヘルスケア・サービスコンサルティング部主任コンサルタント。専門はライフサイエンス領域における事業戦略立案、DX戦略、ヘルスケア公共政策提言など(写真提供:野村総合研究所)