「人生は物語のようなもの。最後のページでいちばん盛り上がってほしい」と語るのは、現役の医師として働くかたわら、余命宣告を受けた患者の「最期(さいご)の旅行」をかなえるため、トラベルドクター株式会社を起業した伊藤玲哉氏だ。特殊な旅を実現するべく奔走する伊藤氏の事業プランを聞きながら、高齢化が進む日本における「余命を充実させるサービス」の可能性、そして「幸せな終末期」の在り方を見る。

この現代において、死を迎える人の最期(さいご)の光景はどんなものだろうか。年間の死亡者数の7割に当たる約100万人が「病院の天井」を見ながら死ぬのだという。人生の終わりの時に、天井ばかりではなくあの美しい景色をもう一度見たい──。そう思う人は少なからずいることだろう。

「人生という物語の『最期の1ページ』を、旅でより良いものにできないか」。このような問題意識から、興味深い事業を開始した現役医師がいる。それは「旅行医」こと医師で、トラベルドクター株式会社代表取締役の伊藤玲哉氏である。

伊藤氏は現役医師を続けながら2020年12月に起業。旅行前に旅行者の状態に合わせた旅行プランを作成し、伊藤氏をはじめとした医師や看護師・介護士などの医療者が同行しつつ、主治医や現地の協力者らが緊急時のサポートを実施する。

この事業プランが備える着眼点は各所から注目を浴び、東京都の「TOKYO STARTUP GATEWAY」など各種の事業コンテストで入賞を果たした。この秋からの本格的な事業展開を目指し、サービスを提供しつつプロダクト(商品)としての精度を高めている最中という。

「人生100年時代」と言われる時代に突入した。しかし、どんなに寿命や健康寿命は伸びても、人は必ず死を迎える。伊藤氏が組み立てている旅行ビジネスを題材に、近未来の日本で考えるべき「幸せな終末期」の像を探る。

病院でも自宅でもできない過ごし方を求める患者たち

──余命宣告された終末期の患者さんが希望する旅行をかなえる。医師である伊藤さんが、この活動を始めたのにはどんな背景があったのですか。

伊藤玲哉氏(以下敬称略):そうした旅行を実現させるのが「自分にとっての医療」だと考えるようになったからなんです。今日の医療水準の向上には目を見張るものがありますが、それでも治せないものがある。人間は不老不死になれないのだから、いつか最期の時が訪れます。その瞬間までをどう過ごすかという選択肢を増やしたいと思ったんです。

伊藤玲哉(いとう・れいや)氏
伊藤玲哉(いとう・れいや)氏
トラベルドクター、旅行医。昭和大学医学部医学科卒業。洛和会音羽病院にて初期後期臨床研修。東京都コンテスト「TOKYO STARTUP GATEWAY2019」で1803件の応募から最優秀賞を受賞。経済産業省/JETRO主催「始動 Next Innovator 2019」でシリコンバレー派遣に選抜。グロービス経営大学院 2019期生。2020年12月、トラベルドクター株式会社設立(写真撮影:高下義弘)

患者さんの中には「1秒でも長く生きたい」という方もいらっしゃいますが、一方では「家に帰って自分のベッドで寝たい」とか「最期くらい家族の料理を食べたい」とおっしゃる方がたくさんいます。「故郷で墓参りしたい」「孫の結婚式に参列したい」「あの温泉にもう一度入りたい」という方もいる。病院でも自宅でもできないことを、生きる目標にする方とたくさん出会ったんですね。

──現場の医療と自分が目指している医療のギャップがあったということですか。

伊藤:私は小さい頃から喘息があり、入院も繰り返して体が悪かったんです。父が医者だったので、発作が起きたときに吸入器などを準備してくれて。辛いときにそばにいてくれる存在が温かいなと思って、こういう人になりたいと思いました。5歳で母を亡くす経験もしました。そんな寂しいときに寄り添えるような人になりたいとも考えて、医者になったんです。

でも、実際に医者になってからいろいろな葛藤がありました。特に大きかったのは「最終的には医療でも治せない病気に対して、医療者として何ができるのか」という悩みです。