「グリーフケア」という言葉をご存じだろうか。遺族をケアするための知識体系のことで、臨床心理学や精神医学の研究成果に基づいている。年間出生数が約84万人に対して年間死亡者数が約137万にのぼる「多死社会」日本において、医療・介護分野だけでなく、金融業界などでも真摯に学ぼうとする動きがある。その理由は、一般人の生活から「死」が切り離される中、遺族が金融機関や行政などの窓口で配慮のない対応を受け、悲しみや怒りをあらたにするケースが少なくないためだ。私たちビジネスパーソンや産業界は、遺族そして死に対してどう向き合うべきだろうか。一般社団法人日本グリーフケアギフト協会・代表理事の加藤美千代氏に話を聞いた。

今年(2021年)11月から、国内の生命保険会社(全42社)が加盟する一般社団法人生命保険協会が、保険金・給付金の支払い時におけるマナーなどに関するハンドブックを作成し、会員各企業に配布する予定だ。このハンドブックの作成にあたっては、グリーフケアの観点をベースに敷くという。

ハンドブック作成の目的は、保険金・給付金の支払時において、顧客の心情に寄り添った対応を推進すること。グリーフケアの観点に基づいて作成することで、業界全体として配慮が行き届いたサービスの実践を狙う。

グリーフケアの観点に基づいたハンドブックの監修依頼を受けたのが、一般社団法人日本グリーフケアギフト協会である。代表理事を務める加藤美千代氏は、IT(情報技術)企業のシステムエンジニアとして勤務している際、息子が生後10カ月で小児がんと判明。一度は寛解して退院したものの2007年に急に亡くなった。遺族として苦しむ中でグリーフケアを知った。グリーフケアは当時欧米ではすでに一般にも知られており、英国には国家的なグリーフケア支援もあるという。

加藤氏は2016年に同協会を設立、金融機関など業務で遺族に接する必要のある業界を中心に、グリーフケアの認知・理解向上に向けた研修サービスの提供、さらにはグリーフケアの考え方に基づいた業務改善のアドバイスにも携わっている。

金融機関や行政などの窓口で配慮のない対応を受け、悲しみや怒りをあらたにする遺族も少なくないという。加藤氏も遺族となった当時、病院の会計窓口や親族などから「本人たちは悪気がない、けれども遺族にとっては傷つく言葉」(加藤氏)を投げかけられて苦しんだという。日本グリーフケアギフト協会が2017年に実施したアンケート調査によれば、回答者の59%が死別後に周囲の人の言葉や態度で傷ついた経験がある。

「人にとって死別は人生で最も対処が困難なストレス」(加藤氏)である。がん遺族の43.8%が抑うつ状態にあった※1とする調査や、遺族の2.4%は悲嘆が長期化する「複雑性悲嘆」であったとする調査もある※2

※1 坂口 幸弘,宮下 光令,森田 達也,恒藤 暁,志真 泰夫,「ホスピス・緩和ケア病棟で近親者を亡くした遺族の複雑性悲嘆,抑うつ,希死念慮」,Palliative Care Research, 2013, 8巻, 2号, p. 203-210

※2 FUJISAWA D. et al., "Prevalence and determinants of complicated grief in general population", Journal of Affective Disorders, vol. 127, no. 1–3, p. 352–358, 2010.

世界でも前例のないレベルで高齢化が進んでいる日本においては、グリーフケアは一部のビジネスシーンだけでなく、広くビジネスパーソンに有用な知識になりそうだ。グリーフケアとは何か。グリーフケアの知見や視点は、高齢化が進む日本社会の上に立つ産業界にどんなメリットをもたらすのか。今こそ求められるグリーフケアの視点を、加藤氏の話を聞きながら探る。

無理解の善意がもたらす「グリーフ・ハラスメント」

──加藤さんが執筆した書籍『金融機関行職員の相続対応とグリーフケア~心を込めた接遇のために~』(出版は経済法令研究会)の中に、はっとさせられた個所がありました。遺族に対する「グリーフ・ハラスメント」です。「そんなに悲しんでいたら故人も悲しむ」といった故人の気持ちを勝手に代弁する言葉や、「いつまでも泣いていたらだめ」と前向きになることを強要するような言葉は、気を付けていないとうっかり使ってしまいがちだと感じました。

加藤氏(以下、敬称略):「悪気がない」というのがポイントでして、多くの人は遺族のためにと思って声をかけます。しかし、その言葉が、遺族をさらに深く傷つけることもままあるのです。グリーフケアではこれを「役に立たない援助」と呼んでいます。

私は息子を病気で亡くした直後、無神経な励ましの言葉を受けて、非常につらい思いをしました。私は当時、「相手も悪気はないのだから」と思って我慢していたのですが、遺族にとってはその我慢がさらなる心理的な負荷にもなります。役に立たない援助の言葉を投げかけられた遺族は、そうでない遺族に比べてうつ病などの疾患にかかりやすいという研究結果もあります。

ただ、私も自分が遺族になって初めて分かったことが多いのです。それ以前には、遺族となった人に独りよがりなことを言っていたと思います。だからこそ、グリーフケアを広めるべきと考えて活動しています。

一般社団法人日本グリーフケアギフト協会の代表理事を務める加藤美千代氏。1974年生まれ。名古屋大学教育学部教育心理学科を卒業後、日本アイビーエム・サービスで情報システムの開発に従事。2007年に息子と死別したことをきっかけにグリーフケアのことを知る。2013年にグリーフケアギフトの販売事業(ECサイト「碧香堂」)を立ち上げる。2016年に郵便局に遺族心理を伝える活動を開始。同年に一般社団法人日本グリーフケアギフト協会を設立(写真提供:一般社団法人日本グリーフケアギフト協会)
一般社団法人日本グリーフケアギフト協会の代表理事を務める加藤美千代氏。1974年生まれ。名古屋大学教育学部教育心理学科を卒業後、日本アイビーエム・サービスで情報システムの開発に従事。2007年に息子と死別したことをきっかけにグリーフケアのことを知る。2013年にグリーフケアギフトの販売事業(ECサイト「碧香堂」)を立ち上げる。2016年に郵便局に遺族心理を伝える活動を開始。同年に一般社団法人日本グリーフケアギフト協会を設立(写真提供:一般社団法人日本グリーフケアギフト協会)

──グリーフケアとは何か、あらためて伺えますか。

加藤氏:グリーフケアのグリーフは、「喪失による悲嘆」と翻訳されることが多い英語です。ここでの喪失は特に死別を指しますが、それ以外にも災害で家を失う、病気で健康を失うこと、離婚や失恋なども含まれます。

これらの喪失によって人は様々な反応を起こしますが、本人だけでは対処が困難な場合があります。そのような場合に、周囲の人が適切にケアおよびサポートをしていくことや、そのための知識体系をグリーフケアと呼んでいます。臨床心理学や精神医学分野を中心に様々な研究が進められており、これらの研究成果に裏付けられていることがポイントです。日本では「悲嘆研究」あるいは「死生学」といった呼び方もされています。国内では学会も設立されて、さらに研究が進みつつあります。

*一般社団法人日本グリーフ&ビリーブメント学会が、基礎研究から臨床実践までを含めた学術的交流の場として2018年に発足している。

──欧米では、一般的にも知られた考え方だそうですね。

加藤:英国にはクルーズ(Crues)という国家的なサポート団体があり、無料でグリーフカウンセリングを受けることができます。米国はもともとカウンセリング大国ということもあり、グリーフケアが当たり前のように行われています。

私は協会を立ち上げる前、遺族向けのグリーフギフト、例えばお悔やみのカードやろうそくのEC事業から始めたのですが、米国に買い付けに行ったところ、小売りの現場で働いている人にもグリーフケアという言葉が通じたほどでした。「あなた良いビジネスしてるね、グリーフケア重要だよね」と声をかけられたことをよく覚えています。