アート作品をトラックで運び、運んだ先ですぐに“展覧会”を――そんな「アート・トラック」が本格稼働を進めている。アート・トラックを展開するのは、一般財団法人カルチュラルライツ。アートのアウトリーチ活動として、作品の出張展示や体験型の美術教育プログラムなどを提供している非営利団体である。いわば「移動型ギャラリー」の初動を追いながら、アートがつくり出す教育の可能性、地域コミュニティの形成促進の可能性を探る。

アート・トラックは、1.75tサイズのトラックの荷台を改造し、絵画や立体造形などのアート作品を安全に輸送しつつ移動先でそのまま展示もできるようにしたもの。一般財団法人カルチュラルライツ(本部所在地は神奈川県横浜市)が運用している。

一般財団法人カルチュラルライツが運用しているアート・トラック。神奈川トヨタ自動車の協力を得て用意した。荷台を改造することで、アート作品の安全を保ちながら輸送し、移動先でそのまま展示もできるようにした(写真提供:一般財団法人カルチュラルライツ、以下同)
一般財団法人カルチュラルライツが運用しているアート・トラック。神奈川トヨタ自動車の協力を得て用意した。荷台を改造することで、アート作品の安全を保ちながら輸送し、移動先でそのまま展示もできるようにした(写真提供:一般財団法人カルチュラルライツ、以下同)
カルチュラルライツが2022年1月現在、アート・トラックに載せている絵画作品の1つ、「眺める色彩のダンス -No1-」。アーティストでカルチュラルライツの理事を務める泉里歩氏によるもの
カルチュラルライツが2022年1月現在、アート・トラックに載せている絵画作品の1つ、「眺める色彩のダンス -No1-」。アーティストでカルチュラルライツの理事を務める泉里歩氏によるもの

アート・トラックは2021年夏から稼働を始めている。長引くコロナ禍により訪問しづらい状況が続いてきたが、一旦感染拡大が落ち着きを見せた秋頃からは「問い合わせが徐々に増えつつある」(カルチュラルライツ代表理事の上久保直紀氏)という。

様々な場所にアートを運ぶ

これまでにアート・トラックが訪問した主な場所は、児童養護施設、小学校、地域のイベントや集合住宅内でのコミュニティイベントなど。例えば2021年12月4日・5日には横浜市関内でのイベントに出展したほか、同月12日には集合住宅にアート・トラックを派遣した。また、同月10日・17日には、小金井市立本町小学校に図工の授業の一環として訪問した。

アート作品を輸送でき、同時に展示も可能な仕様のトラックは珍しい。トラック本体に対し1.5台分のスペースがあれば展示用の状態にできるという。カルチュラルライツの上久保氏によれば、「当団体が重視している訪問先の1つは福祉施設だが、こうした施設は敷地や建物が比較的小さいケースが多い。限られたスペースでもギャラリーとして展開しやすい仕様にした」。

同法人ではアート・トラックと併せて、アートの鑑賞会やアート制作を体験できるワークショップも提供している。12月4日に行われた横浜市関内でのイベントにて開催したワークショップには、37人が参加。アート・トラックに載せたアート作品の鑑賞会に続き、作品を制作したアーティスト、泉里歩氏(カルチュラルライツ理事)のナビゲートに従って、ボールペンやカラーペンを使ったアート制作を体験した。

2021年12月4日から開催された横浜市主催のイベント「関内えきちか未来プロジェクト第3弾 社会実験『大通り公園に、よりみちしよう。』」に、アート・トラックを派遣した際の様子。カルチュラルライツは12月4日土曜日と5日日曜日の2日間、アート・トラックの出展と野外での作品展示を展開し、4日土曜日には一般向けのアート制作体験ワークショップも開催した。参加者はアート・トラックに展示した作品の鑑賞会(左の写真)とともに、アート制作を体験した(右の写真)。ボールペンを使った導入のワークで泉氏の技法を学び、透明素材を使った特製キャンバスに向かってカラーペンを手に取り、アート作品を協働で制作した
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2021年12月4日から開催された横浜市主催のイベント「関内えきちか未来プロジェクト第3弾 社会実験『大通り公園に、よりみちしよう。』」に、アート・トラックを派遣した際の様子。カルチュラルライツは12月4日土曜日と5日日曜日の2日間、アート・トラックの出展と野外での作品展示を展開し、4日土曜日には一般向けのアート制作体験ワークショップも開催した。参加者はアート・トラックに展示した作品の鑑賞会(左の写真)とともに、アート制作を体験した(右の写真)。ボールペンを使った導入のワークで泉氏の技法を学び、透明素材を使った特製キャンバスに向かってカラーペンを手に取り、アート作品を協働で制作した

「文化芸術は人らしく生きるために必要なもの」

アート・トラックの企画の根底にあるのは、カルチュラルライツの活動理念。同団体のWebサイトには、「保障されている『最低限度の文化的な生活』。その『最低限度』の基準は、これまであまりに低く見積もられてきたのではないでしょうか。私たちは、その水準を向上させていくために活動します」と記載されている。

同法人の上久保氏は次のようにコメントする。「美術作品やアート活動はぜいたくなものとみなされがちで、『衣食住よりも重要度が低い』と認識される傾向が強い。しかし本来、人が人らしく生きるために文化芸術はとても必要なもので、優先順位はあっても重要性の度合いに差はない。当団体はこの考え方に基づいて事業を展開している」。

カルチュラルライツ代表理事の上久保直紀氏(右)と、アーティストでカルチュラルライツ理事の泉里歩氏(左)。前述のように泉氏は2022年1月現在アート・トラックに載せている展示作品群の作家で、ワークショップのファシリテーターも担当している
カルチュラルライツ代表理事の上久保直紀氏(右)と、アーティストでカルチュラルライツ理事の泉里歩氏(左)。前述のように泉氏は2022年1月現在アート・トラックに載せている展示作品群の作家で、ワークショップのファシリテーターも担当している

これまで取り上げてきたアート・トラック、また鑑賞会やワークショップは、その理念を具体化するための手段、という位置づけだ。

先にも触れたが、この活動理念に基づいて特に力を入れている訪問先の1つが、子どもたちがいる福祉施設だ。「児童養護施設などで暮らしている、あるいはDVシェルターで親と一緒に住んでいる子どもたちの多くは、アートに親しむ機会が得られにくい。しかし、そのような子どもたちにこそ文化芸術が必要。各所にアート作品を持ち込めるアート・トラックは、その重要な手段だと考えている」(上久保氏)。

併せて上久保氏は「実物を間近に見ることの価値」を強調する。「最近はデジタル技術が普及して、インターネットと端末を通じて絵画作品の写真を見られるようになった。それはそれで価値があるが、得られる情報量は実物に比べると少ない。絵画の実物に近づいて観察してみると、絵の具の重なり方や筆遣いの様子などが分かり、そこからアーティストの意図や考え方が見えてくる。アーティストが制作した実物を間近で見て、いろいろなことを感じてもらえる機会を提供したい」と語る。

展示に加えて、アート作品の鑑賞会やワークショップにも力を入れている。キュレーターや作品を制作したアーティストとの対話、あるいは手を使って描いてもらうことを通じて、アートに対する興味や理解を深めてもらうことを狙う。また、アートを含め他の領域にも応用できる発想力を喚起することも視野に入れている。

上久保氏はアーティストと直接コミュニケーションを取ることの効果を強調する。12月に行った小金井市立本町小学校での訪問授業では、作品を見せたアーティストである泉氏が、子どもたちから「色はどうやって作っているのか」「なぜあなたの作品には顔を描かないのか」といった質問を多数受けたという。「こうした質問に対して、アーティストの泉が一つひとつ丁寧に答えていった。アート制作の考え方や技法のことを知ってもらうことはもちろんだが、子どもたちにはこうした対話を通じて、自身の視野や発想を大きく広げていく手がかりをつかんでもらえると見ている」(上久保氏)。