障がい当事者のママ2人が立ち上げたコミュニティが、産業界を動かしつつある。そのコミュニティとは「スナック都ろ美(とろみ)」。摂食嚥下(せっしょくえんげ)障害で食事の支援が必要な子どもを持つ親たちの集まりである。育児に関する情報交換のほか、食事支援の経験を生かし誰もが楽しめる「インクルーシブフード」の提案活動を進めている。スープストックトーキョーなどの企業もスナック都ろ美の活動に呼応して動き始めた。障がい当事者の親だからからこそ見えてくる新たな視点、目指す社会の姿とは、どのようなものか。

「食事支援が必要な子どもがいるママとパパのコミュニティ」と銘打った「スナック都ろ美(とろみ)」。本格的な活動を開始してから約1年が経過し、産業界を巻き込んだ流れを形成しつつある。

このコミュニティは、摂食嚥下(せっしょくえんげ)障害がある子どもを持つ2人の母親、加藤さくら氏と永峰玲子氏が始めた。

摂食嚥下障害とは、病気、障がい、老化などの理由により、飲食物を咀嚼(そしゃく)したり飲み込んだりする身体機能が低下している状態を指す。誤嚥性肺炎や窒息の危険性が高まるため、食事の中身や食べ方、介助者によるサポートの方法に工夫が必要となる。

コミュニティの名称である「都ろ美」は、「とろみ」の当て字。摂食嚥下障害がある人の食べ物に必要な「とろとろ感」を指す。コミュニティ名の由来を、スナックの“ママ”の1人である加藤さくら氏に聞くと、「ノリで決めた」と笑いつつ、「当事者のママ・パパが、深刻になりすぎずに気軽に集まって相談し合える場にしたかった」と明かす。「安心して話せる誰かがいて、気が付いたらちょっと気持ちがスッキリして、再び育児や仕事に頑張れる。リアルなスナックが持つ特徴が、私たちが目指すコミュニティの在り方にマッチしていた」。

高齢化が進む中で、咀嚼し飲み込む機能に制限を感じる人が増えるのは必然。この点、摂食嚥下障害は、現役世代の親はもちろん現役世代自身も近い将来には関わる可能性が高い、身近な話題といえる。

スナック都ろ美は2019年8月に発足した後、2020年から活動内容を拡大し、コンセプトに沿った様々なアクティビティを展開してきた。柱となる活動は大きく次の3つ。(1)月に2回開催する当事者家族同士の情報交換会、(2)摂食嚥下障害、栄養学、リハビリ、小児科などの専門家を招いた勉強会、(3)産業界への働きかけと食品およびサービスの開発支援、である。

このうち加藤氏・永峰氏の2人が戦略的な視点で取り組んでいるのが、(3)で示した産業界への働きかけ。飲み込みやすい食品や、当事者とその家族が安心して利用できる外食サービスの普及に向けたものだ。

この活動では、家族同士の対話から得られた情報や意見、また専門家による見解を集約。当事者も食べやすくて味も良いと評判の食品をピックアップして紹介している。また、当事者がいる家族およびグループが一緒に楽しめるフードサービスのアイデアを企業などに提案している。

前者の活動の延長線として、新規商品の企画・開発にも携わっている。現在、ショコラティエ(チョコレート専門の菓子職人)や飲料メーカーと組んで、摂食嚥下障害がある当事者と家族が一緒に楽しめる菓子商品の企画をスタートさせているという。

スナック都ろ美では、このような当事者と健常者の区別なく柔らかな食感を楽しめるような食品を「インクルーシブフード」と呼んでいる。従来にはないカテゴリ名を付与することを通じて、「おしゃれな食」へと昇華されることを狙う。

「柔らかい食感のおしゃれでおいしい食べ物という認識を通じて、摂食嚥下障害への認知と理解を進めたい。また、高齢化が進む中、インクルーシブフードの市場は潜在的には大きいはずで、産業界にもメリットがあると考えている」(加藤氏)

イベントを通じて嚥下と食の啓発を進める

昨年(2021年)12月3日には、インクルーシブフードをメインテーマの1つに据えたリアルイベントも開催した。「ENGE night|スナック織姫 × スナック都ろ美」だ。

このイベントでは、当事者とその家族の88名(うちオンラインが51名)が参加。さらには企業など協力事業者から約15名が参加。インクルーシブフードを盛り上げるべく意見交換を実施した。

開催場所となった東京・日本橋のカフェ「分身ロボットカフェDAWN ver.β」は、いわば“嚥下対応カフェ”。メニューには通常のメニューのほか、嚥下しやすい「嚥下対応ドリンク」を用意した。さらには当事者向けに嚥下食の持ち込みを可能とする、食材の飲み込みやすさを調整するための調理器具を貸し出すなど、様々な配慮がなされている。これら一連の嚥下対応に当たっては、スナック都ろ美が協力している。

2021年12月3日に開催したイベント「ENGE night|スナック織姫 × スナック都ろ美」の様子。トークセッションでは、オリィ研究所(東京都中央区)、スープストックトーキョー(東京都目黒区)、嚥下に配慮された食品を開発しているバランス(富山県富山市)、オリィ研究所が運営する「分身ロボットカフェDAWN」、NPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会(東京都中野区)から責任者や商品担当者などキーパーソンが登壇。摂食嚥下に配慮した食事の在り方について、各社・各団体の事業の観点から意見を交換した。ALS/MNDサポートセンターさくら会は、ALSの患者とその家族を支援する団体(写真提供:スナック都ろ美)
2021年12月3日に開催したイベント「ENGE night|スナック織姫 × スナック都ろ美」の様子。トークセッションでは、オリィ研究所(東京都中央区)、スープストックトーキョー(東京都目黒区)、嚥下に配慮された食品を開発しているバランス(富山県富山市)、オリィ研究所が運営する「分身ロボットカフェDAWN」、NPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会(東京都中野区)から責任者や商品担当者などキーパーソンが登壇。摂食嚥下に配慮した食事の在り方について、各社・各団体の事業の観点から意見を交換した。ALS/MNDサポートセンターさくら会は、ALSの患者とその家族を支援する団体(写真提供:スナック都ろ美)
会場となった「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」は、オリィ研究所が運営するカフェ。カフェの特徴は、同社が開発したロボットが接客サービスに加わっていること。『OriHime-D』(写真中央のロボット)を通じて接客するのは、障がいや病気などで外出が困難な人である。なおENGE nightのイベントタイトルにある「スナック織姫」は、同社のロボットの名称にちなんだカフェ内のカウンタースペースを指す(写真提供:オリィ研究所)
会場となった「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」は、オリィ研究所が運営するカフェ。カフェの特徴は、同社が開発したロボットが接客サービスに加わっていること。『OriHime-D』(写真中央のロボット)を通じて接客するのは、障がいや病気などで外出が困難な人である。なおENGE nightのイベントタイトルにある「スナック織姫」は、同社のロボットの名称にちなんだカフェ内のカウンタースペースを指す(写真提供:オリィ研究所)

食は生命維持の基本的な手段だが、それ以外にも数多くの意味や意義がある。食べることそれ自体も楽しみであり、また団らんや会食などに付随する社会的な側面も見逃せない。特に、前例のない高齢化社会を迎えつつある日本においては、嚥下機能が低下してきた場合にも楽しめる食事形態は、社会のウェルビーイング(総合的な幸福)に寄与しうる。

スナック都ろ美のママたちが描く、誰もが楽しめるインクルーシブフードの世界とはどんなものだろうか。

先取的な事例の1つ、スープ専門店・スープストックトーキョーの取り組みを見てみよう。2021年11月8日から12月5日まで、東京都立川市にある「Soup Stock Tokyo ルミネ立川店」で、「咀嚼配慮食サービス」を実施した。サービスの企画・開発にあたってはスナック都ろ美が協力している。