少子高齢化・人口減少に悩む地域のコミュニティを、底力のある地元の一次産業と共に活性化する動きが見られる。今回取り上げるのは、欧米型の大規模農業が行われる北海道の十勝。小麦や大豆など穀類、様々な野菜、牧畜、酪農などの生産量がズバ抜けて高く、食料自給率は1300%を誇る。そんな農業王国・十勝のブランド力を高め、生産物を国内外に広めようと奮闘している建設会社の社長がいる。「食と農」を切り口に狙うのは、定住者の増加を含めたコミュニティの維持。地元を愛する事業家と十勝の姿を題材に、これからの日本で描きうる地域創生のヒントを探る。

道東地域の中心都市、帯広市に本社を構える建設会社、佐藤工務店。同社の代表取締役・佐藤聡さんは、本業の建設業の傍ら、十勝地域を盛り上げることをライフワークに据え、精力的に活動を行っている

佐藤さんのライフワークは、全国に広がる人脈を駆使した十勝のPR活動。そして、十勝から生まれる食品や、十勝で展開する農業活動そのもののブランディングだ。なお、これらは無給の活動だという。

※ 十勝は、帯広市を中心に19の自治体で構成される広域行政区を指す。

世界初のモールウォッシュチーズ

佐藤さんがブランディング活動で関わっている商品の中に、ひとつ面白いものがある。「十勝ラクレット・モールウォッシュ」というチーズだ。こちらは後に詳しく説明するが、世界初の商品であり、かつ日本初の仕組みを通じて実現した商品だという。

十勝は生乳の生産量が全国トップ。日本のナチュラルチーズの3分の2を生産する。そんな土地柄から、放牧であることや天然の飼料などにこだわり、高品質のチーズを作る工房が多い。

2015年、複数のチーズ工房が集まって驚くような商品を開発しようと生まれたのが、十勝ラクレット・モールウォッシュだ。佐藤さんはブランド構築のアドバイザーなどを務めた。

佐藤さんが手に持っているのが「十勝ラクレット・モールウォッシュ」。十勝で事業を展開する複数のチーズ工房が集まって開発した(写真撮影:栗栖誠紀)
佐藤さんが手に持っているのが「十勝ラクレット・モールウォッシュ」。十勝で事業を展開する複数のチーズ工房が集まって開発した(写真撮影:栗栖誠紀)

ラクレットチーズとは、名作アニメ「アルプスの少女ハイジ」で、おじいさんが串に刺して暖炉で炙って食べていた、あの種類のチーズ(同作品ではヤギの乳を原料としたもの)である。塩水や酒で一つひとつ丁寧に洗って熟成させることで風味とコクが増し、まさに「ハイジ」に描かれたように、熱を加えてトロリとした状態が最高に美味。パンにのせたり、パスタと和えたり、肉や野菜とからめたりと、様々なスタイルで楽しめる。

「十勝のチーズ工房の皆さんが作っているチーズの種類は多い。その中でもラクレット1種類に絞って商品開発を進めました」と佐藤さんは説明する。

通常、ラクレットは塩水で洗う。だが開発途中で、「北海道遺産」に指定されている十勝川温泉の「モール温泉」で表面を丁寧に洗って熟成させてみると、独特の風味とコクが醸されることがわかった。モール温泉とは世界でも珍しい植物性の温泉である。

こうして出来上がったラクレットを「十勝ラクレット・モールウォッシュ」と名付けて商品化することになった。温泉を使ったラクレットは、まさに世界初の商品である。

十勝のチーズ工房は、いずれも個性豊か。そうした中で製品の統一性を確保するために、各工房が製造したチーズの原型を、日本初の取り組みとなる共同熟成庫に集めることにした。ここでは専門のチーズ熟成士が手仕事で丁寧に仕上げる。これにより品質管理も一元化し、統一性がより図れるようになった。

この結果、十勝ラクレット・モールウォッシュはグルメな業界関係者の間でも評価が高く、フランスなど海外の関係者の反応も良い商品として仕上がった。

次第に「これで継続的な事業が可能」という判断が関係者の大勢を占め、「十勝品質事業協同組合」を立ち上げることになった。代表は、「公平に運営の舵取りができる第三者がふさわしい」という見解から、佐藤さんが初代理事長として選ばれた。

チーズ工房の外観(写真撮影:栗栖誠紀)
チーズ工房の外観(写真撮影:栗栖誠紀)

「十勝にはレベルの高いチーズ工房がいろいろあります。しかし、バラバラな看板で商売や発信をしてもブランドとして認知度を高めるのが難しいという課題がありました。そこで、『十勝』という一本化されたブランドをつくり、そのブランドを軸にしてそれぞれのチーズ工房がビジネスを展開していくのが望ましいのではないかという考えで進めました。十勝ラクレット・モールウォッシュは、『美味しいチーズ、イコール十勝』という十勝ブランドのメッセージを熱く込めた商品なんです」

十勝ラクレット・モールウォッシュには、そのパッケージに「TOKACHI PRIDE(十勝の誇り)」という言葉が添えられている。コロナ禍の前から人気商品だったが、再び国内観光やインバウンドが解禁になる流れの中、取り扱いが増えているという。